リング
第一章
第二章
第三章
第四章
角川文庫『リング』平成5424日初版刊行
第一章
九月五日 午後十時四十九分
横浜
夜になって
とも
灯る部屋の明りだけであった。
筋肉を
這い回る血管を思わせた。しかも、表面を覆う無数のイルミ
美しい。工場は、黒い海に無言の影を落としていた。
便
寂しい風景であった。
姿
かれ
からだ
身体
いた
すそ
裾をパタパタさせて
宿
に智子は
いらだ
苛立ち
だ。
……このクソ暑いのに、勉強なんてできるわけねえだろ。
の網
らくぶるぶると細かく震えていた。
のに、徹夜しても範囲は終わりそうになかった。
湿
かった。
……ちぇ、高校最後の夏休みだってのにさ、もうちょっとパァー
これでオシマイ。
ロと変わった。
……ったく、娘が汗水タラして勉強してるってのに、ノコノコふ
たりでナイターなど見に行きやがって、娘の気持ちも考えろよな。
とりしかいない。
湿
た。
からだ
身体部屋の中
もも
腿をピシャリと打っ
。手姿
かゆ
痒みを
ひざ
する
はえ
いつたん
一旦
戸の
すきま
間を確かめた。蠅が通るほどの隙間はどこにも見られない。
智子は、尿意と
のど
喉の渇きを同時に覚えた。
を降り、廊下の明りのスイッチを入れた。
尿便
た。心臓の
どうき
悸は治まらない。こんなふうになったのは初めてだ。
ち上がり、ショーツとショートパンツをいっしょに引き上げた。
……パパとママったら、早く帰ってきてよ。
急に女の子らしい言葉になっていた。
……いやだ、あたしったら誰にお願いしてるんだろう。
以外の何者かに対してである。
……お願いします。わたしをあまり脅さないでよぉ。
知らぬ間に敬語さえ使っている。
の中
注ぐ。そして、まず一杯、
た臭い、空気の中に溶け込んで包み込むように……
得ない。
「お願い、やめて!」
カー
ガラス
子窓の向こうに草の生えた宅地とマン
ションの明りが
こうしじま
格子縞に小さく見えるはず、ただそれだけのはず。
でならない。
……もし、アレだったらどうしよう。
なってしまって……、でも、都会に戻ると同時に
しんぴょう
がなくな
楽しいことを考えようとした。もっと、別の……
だったら……。アレが、本当のことだったら、そうよ、だって、電
話がかかってきたじゃない、あの時。
……ああ、パパとママったら何してるの。
「早く帰ってきてよ!」
る。
像の中で勝手に膨らんでしまう恐怖があることは知っている。
……そうであってくれればいい。いや、きっとそうに違いない。振
り返っても、そこには何もない。きっと、何もない。
たりで
湧き起こった悪寒が背筋を伝って下へ下へと
這い
は、肉体の変化が激し過ぎる。
……誰かが言っていた、肉体は精神よりも正直だって。
うなっても知らないぞ。
はじ
弾かれたように、智子は思わず振り返ってしまった。
九月五日 午後十時五十四分
東京 品川駅前の交差点
り込んでくることもしばしばであった。
道の縁石に左足をかけ、
また
からだ
身体を
せている。
姿
して、正面の信号が青に変わるのを待った。
いう音と共に、男はドアにぶつかって視界の外に消えていった。
……この、バカヤロー。
り、ドアの部分に斜めに傷が走っている。
「チェッ」
村は
あご
顎ひも
あった。
……それほど息苦しいのだろうか。
ない。木村は早とちりをした。
「待ってろ、すぐに救急車を呼んでやる」
ったのだろうか。
……メッ
かぶ
被っ
ことにならなければいいが……、オレの車にぶつかってけがしたと
なると、これは、ちょっと、やばいかもしれねえな。
木村は嫌な予感に襲われていた。
……もしけがでもしていたら、オレの車の保険で処理することに
なるのだろうか。となると、事故証明、おまけに警察。
のど
喉のを置
動かなくなっている。数人の通行人が立ち止まり、心配そうに
のぞ
覗き
ことをみんなにアピールした。
「おい、……おいっ、しっかりしろ、今に救急車が来るからな」
木村はヘルメットの
あご
はめるとしたら、
きようがく
。両目をかっと見開き、赤い舌を喉の奥につ
の情景からスルスルと現実感が引いていった。
木村はヨロヨロと立ち上がり、道路
わき
姿
った。
……オレが置いたのだろうか、あの男の頭を、あんなふうに、ヘ
ルメットの上に。ヘルメットが枕になるように。なんのために?
ぎていったように思う。熱帯夜にかかわらず、木村は
からだ
身体の震えが
止まらなかった。
おり
ばかりの空が、朝の冷気と共に新鮮に輝いている。
徹夜明けで
からだ
体はかなり疲労していたが、あまり眠くはなかっ
稿
かくせい
覚醒さ
ら堂々と休むことができる。
とも手伝って、まあ今日だけは
ぜいたく
贅沢しようかという気持ちになる。
語の発端にはいつも偶然がつきものである。
り、写真の横には木村幹夫と運転手の名前が記されている。
「北品川まで……
た時だ。木村はいつになく
じょうぜつ
になった。
「これから取材ですか?」
のだろうと、疑問に思いながら。
「お客さん、新聞記者じゃないんですか」
「週刊誌のほうだけど、よくわかりますねえ」
合、仕事に関係した話題にはすぐ乗ってくる。
「たいへんですねえ。こんな早くから」
「いや、逆です。今から帰って寝るところですよ」
「あ、じゃあ、わたしと同じだ」
ことができたのだ。
「仕事、おもしろいですか」
「まあね」
掛けた記事のタイトルをまだはっきり覚えている。
『現代の新しい神々』
けない自分の姿が目に浮かぶ。
をかなりのスピードで走り抜けていく。
「あ、お客さん。運河沿いの道を行きますか、それとも第一京
浜?」
北品川のどこに向かうかによって取るルートが違ってくる。
「第一京浜のほう……。新馬場の手前で降ろしてよ」
心するものだ。木村は札の辻の交差点でハンドルを右に切った。
る。一ケ月……、長いといえるのだろうか。浅川は二年前の恐怖に
今なお縛られている。
が眠
あきら
ず例
すべ
に襲われるのだった。
「一ケ月近く前のことだったかなあ……
前で黄色から赤に変わっていった。
「世の中にはわけのわからないことがたくさんありますよねえ」
だ。
「突然死って、この頃、増えてるんですかねえ……
にも」
「え?」
浅川の耳にその言葉は響いた、……突然死。木村は先を続けた。
……死んじまいやがってね、これが。びっく
の車でしょ、ぶつかったの。エライ騒ぎですわ」
本能的ともいえる早さであった。
死に
すご
凄い勢
いでヘルメットを取ろうとして…… 、仰向けになってバタバ
……、オレが救急車を呼びにいって、戻ってみると、もう、オシ
ャカ」
「場所はどこですか?」
浅川の目は完全に覚めていた。
「あそこですよ、ほら」
たかなわ
高輪
のそれを
しの
凌ぐことさえあるのだ。
「で、死因は、突然死だったわけですか」
ぬまま……
もうちょっとでこっちの保険汚すところで……。降って
湧いた災難
ってやつですよ」
「はっきりした日時、わかりますか」
「おやおや、何か事件の匂いでも
嗅ぎ当てましたか? 九月の四日か
いますよ」
言ったとたん、木村の脳裏にあの時の光景が
よみがえ
った。生暖かい空
……、倒れたバイクから流れ出した真っ黒なオイル。まるで生き
這っ
に驚いているのだ?
村はすっぱい
だえき
唾液を飲み込んで、吐き気に耐えた。
「で、死因は何だったんですか?」
浅川が聞いた。
「心臓
麻痺」
……心臓麻痺? 本当に監察医はそう診断を下したのだろうか。
最近ではもう心臓麻痺だなんて言葉は使わないはずだ。
「正確な日時と一緒に、これも確認する必要があるな」
浅川はそうつぶやきながらメモをとった。
「つまり、それ以外に外傷は一切なかったわけですね」
「そう、その通り。全く、驚きですよ。全く……
っちのほうですよ」
「え?」
……
川の
はじ
つな
繋が
りを拒否する声。
……偶然の一致さ。ただ単に。
京浜急行の新馬場はすぐ目前にあった。
「そこの信号、左に曲がったところで止めてください」
した。
しく聞かせてもらえませんでしょうか」
「ええ、構いませんよ」
使
思われる。
「後日お電話します」
「電話番号……
ね」
浅川は車から降り、ドアを閉めようとしてしばし
ちゅうちょ
した。確
村に聞いた。
ね」
姿だ。狐に
憑かに昼
高の
つづ
綴っていった、あの時の異常さ。本気で精神科
の医者に診せようとしたぐらい、鬼気迫るものがあった。
られ
たん
ど、まさに常軌を逸して、投稿者は
みぞう
未曾有
便
稿
調稿
では
ごと
如く匿名がほとんどであった。ざっと概算して
ことになる。一千万! この数字に出版界は震えた。投稿の内容にそ
稿
稿
る? 手紙の山はどこからやって来るんだ? 編集者は皆首をひねっ
り、この種の手紙は一通も届かなくなったのだ。
稿
態に対処しなければならなかった。
便
うか、
みぞう
有の投稿熱は徐々に引いていく気配を見せた。そんな
のだ。小栗はまじまじと浅川の顔を見る。
……二年前の痛手をもう一度繰り返すつもりかい?
「おまえさんねえ」
呼ぶ。
「編集長が何を考えているのか、僕にはよくわかりますよ」
やつ
奴だったら、チト困るんじゃないかい」
カルト的なもの全てに対する偏見を彼はまだ持ち続けていた。
た偶然はあり得ない、とそう言ってるだけです」
「偶然ねえ……
小栗は耳の横に手をやって、もう一度話の内容を整理した。
……浅川の妻の
めい
姪、大石智子が九月五日の午後十一時前後に
ほんもく
本牧
イクに乗って信号待ちをしていたところ、やはり心筋
こうそく
梗塞で死亡。
たことをたまたま思い出しちまっただけじゃねえのか」
「いいですか」
よ」
……で?」
指にごっそりと自分の髪の毛を巻きつけていたのです」
姿
見え
たと
喩えよ
うのない恐怖を。
トを取ろうとしたり……、案外、普通のことじゃねえのか」
言い負かされるわけにはいかないのだ。
しる必要があるんですか」
「おまえさん、心臓の発作を起こしたことあるのかい?」
……ないですよ」
「じゃ、医者に聞いたのかい?」
「何を?」
「心臓発作を起こした人間が頭をかきむしるかどうか」
う答えた。……そりゃ、ないとも限りませんねえ。あやふやな答え
であった。逆の場合はありますがね……、つまりクモ膜下出血や脳
からねえ。
むしる
やつ
奴も
たばこ
煙草
ているかもしれねえ」
小栗は言いながら椅子を回転させた。
と思えば、書けてしまうものさ」
ん」と
うな
唸っただけであった。その顔は告げている、少なくとも彼の
診た患者にそういった例がなかったことを。
「わかりました」
こう、浅川はそう心に決めていた。
だ。
き出
長け、
チャンスをものにし、のしあがってきたか……、こちらから礼を言
もう
儲かろうが損をしようがあまり関心はなかった。大切なのは、面
い仕事は、肉体的には楽でも精神的に疲れる場合が多い。
調
すきま
隙間にすっとさし挟まれた疑問。
……果たして、九月五日の午後十一時前後に生じた原因不明の突
然死はこの二件だけなのだろうか?
うな気がする。掲載されたのは左下の小さなスペースで……
読みかけのままになってしまったのだ。
調
いった仕事のほうが浅川には向いていた。
……、浅川が記憶していた通りの場所に、目当て
いった。
レンタカーに若い男女の変死体
沿
った軽トラックの運転手が見つけ、横須賀署に通報した。
の夕方、渋谷区のレンタカーで予備校生が借りたものであった。
っていない。他殺の疑いは今のところないものと思われる。
たったこれだけの記事であったが、浅川には確かな
てごた
手応えがあっ
た。まず、死亡した女子高生は
めい
姪の
時刻も
ほとん
殆ど同じ。死因はやはり不明。
いつたん
旦編集局に向かった。とてつもない金鉱を掘り当てたという満足
かしく感じていた。
稿
かけた。
「吉野さん」
吉野に会うのは一年半ぶりであった。
「お、おう、浅川か。どうしたんだ。横須賀くんだりまで……
あ座れや」
野は
椅子
ひげ
気を遣うところがある。
「忙しいかよ」
「ええ、まあ」
だった。
るってことだったので……
「なんじゃい。オレに、なにか用でもあるのかい?」
集中させた。今はゆっくりと
そしやく
咀嚼
逐一思い出し、一緒に胃の中で消化しようとするかのように。
「これがどうかしたのか?」
吉野は真剣な顔になっていた。
「いえね、もっと詳しく聞きたいと思いまして」
吉野は立ち上がった。
「よし、隣で茶でも飲みながら話そう」
「時間、だいじょうぶですか」
「いいってことよ。こっちのほうがおもしろそうだ」
を近づけた。
な事件に出合ったのは初めてだ」
吉野はそこまで言うと水を一口飲み、先を続けた。
まえが、どうしてこの事件を調べ始めたんだい?」
とっさ
咄嗟に
嘘をついた。
めい
姪っ
から、こちらに来たついでに……
と、しらけて徐々に身体を引いていった。
「ホントかよ」
さくて……。お願いしますよ。詳しく教えてください」
「で、何を聞きたいってんだ?」
「その後、死因は判明したんですか」
吉野は首を振った。
起こったかについちゃ何もわからねえ」
「他殺の線は? 例えば首を締められたとか」
「あり得ない。首筋に内出血の跡はなかった」
「薬物……
「解剖しても、反応はでなかった」
「とするとこの事件は、まだ解決……
本部も当然ナシ」
ている。
「死亡した人間の名前を伏せてあるのはどうしてですか」
「未成年だしよ。……それに、一応心中の疑いもあったからな」
り出した。
男の
ひざ
膝まで下げていた。
女の子のほうもよ、パンティを膝まで下げていた」
「とすると、その、最中だったってわけですか」
楽しみはこれからってえ、その時!」
吉野はパンと手を打った。
「なにかが起こった」
いかにも、相手の気持ちを高ぶらせる語り口であった。
ネタを
つか
掴んだんじゃねえのか……
…………
は興味があるだけだ」
浅川は黙り込んだ。
「なあ、オレは聞きたくてうずうずしてるんだぜ」
し、嘘は通用しない。
きます。約束しますよ」
失望の色が吉野の顔に浮かんだ。
「ちぇ、おまえがそう言うんじゃよぉ……
浅川は懇願する目を向けた。話の続きを促す視線。
まされた毒が効き始めたってことも考えられるがその反応はな
……、まあ、反応が出ない毒物もあるにはあるが、予備校生と女
子高生の男女にそう簡単に手に入るものとは思えねえしなあ」
ため、かなりはっきりと印象が残っている。芦名から
おおくすやま
大楠山に
沿
この道を通る車は
ほとん
殆ど一台もなく、山肌から横に伸びた樹の葉が目
隠しとなって、お金のないカップルにとっては格好の密室となる。
、捜
はじ
弾かれるように飛び出した
……、ドアロック……、どういうこと
ふたりとも、
おび
怯え切っていた。恐怖に顔を
ゆが
歪めていたんだ」
つば
唾を
がたてたのか、それとも吉野がたてた音なのかわからない。
姿
た」
吉野は、お手あげのポーズをとった。
「一体どういうことなのか、さっぱりわからねえ」
ちゃとなっていたに違いない。しかし、……しかし。捜査員を含め
のことを考えているにもかかわらず、そして、そのことが
のど
喉ま
、信
やつ
奴だとバカにされぬ
かと都合がいい。
とを
を信じている。
「発見された時、男と女は手をどこに置いていましたか?」
唐突に浅川が聞いた。
……
おお
被っ
な」
「こんなふうに、髪の毛をごっそり抜いていたとか」
浅川は自分の髪を引っ張って見せた。
「あん?」
うか」
「いや、そんなことはなかったと思う」
教えてもらえないでしょうかねえ」
「いいよ。でも、おまえ、約束、忘れるなよ」
はコーヒーカップに一度も口をつけていなかった。
たのだろう。覚えていれば、浅川に連絡をとってくるはずである。
取材して得た情報が残らずメモできるようになっていた。
カード1
大石智子 昭和四十七年十月二十一日生まれ
私立啓聖女子学園三年 十七歳
住所 横浜市中区本牧元町一
九月五日午後十一時前後 両親の留守中、自宅一階の台所にて死
亡。死因は急性心不全。
カード2
岩田秀一 昭和四十六年五月二十六日生まれ
英進予備校にて一浪中 十九歳
住所 品川区西中延一二十三
品川駅前の交差点で転倒して死亡。死
因は心筋
こうそく
梗塞。
カード3
辻遥子 昭和四十八年一月十二日生まれ
私立啓聖女子学園三年 十七歳
住所 横浜市磯子区森五十九
ふもと
麓の沿車の
死亡。死因は急性心不全。
カード4
能美武彦 昭和四十五年十二月四日生まれ
英進予備校にて二浪中 十九歳
住所 渋谷区上原一
死亡。死因は急性心不全。
いるらしいという
うわさ
噂は耳にした。ただ、いつごろ、どのようにして
調
を持っていて、その秘密のせいで殺されたとか……
臓を冒すウィルスに感染した。
……おいおい。
浅川は歩きながら首を振った。
……急性心不全を起こさせるようなウィルスなんてあるのかよ。
いんせき
隕石
のでもないが。四人が四人とも
きようがく
表情を浮かべて死んでいた
には容易に答えることができる。その筋からの
かんこうれい
箝口令が
だ。
ふさ
塞が
ずである。
スを
いつたん
一旦頭
退
が、彼女はもちろん夫の真意を知らない。
ィを
たた
叩き始めた。
悲しみを
たた
りに
母は顔をくしゃくしゃに
ほころ
綻ば
かないくらい、両親の落ち込みようはひどかった。
……孫ってそんなにかわいいものなのかしら。
。し
逝った
深めてゆくものか、静には想像がつかない。
午後も三時を過ぎると、足利の両親は帰り支度を始めた。
稿
振り
めい
姪の智子には数回会っただけ、親しく話したこ
ともなかったはず、故人を
しの
偲んで立ち去り難いとも思えない。
「あなた、もう、そろそろ……
静は浅川の
ひざ
膝を軽く
たた
叩き、
みみもと
耳許で
ささや
囁いた。
がいいんじゃないか」
せばいいのか。
「電車の中で寝かせればいいじゃない」
静は声を落として言った。
こりごりだね」
わめ
喚き
だ。
しか
まく眠らせる以外におとなしくする
てだて
手段は
経質そうに
ほお
頬の筋肉を震わせる夫の顔はなるべく見たくなかった。
「あなたがそう言うなら……
「そうしよう。二階で少し昼寝させてもらおうよ」
陽子は母の
ひざ
膝の上で半分目を閉じかけている。
「僕が寝かしつけてくる」
浅川は、娘の頬を手の甲で
撫でながら言った。滅多に子供の面倒
亡くした親の悲しみに触れて、心を入れ替えたのだろうか。
「どうしちゃったのよ、今日は……。なんだか気持ちワルイ」
「だいじょうぶ、この様子ならすぐ寝る。僕に任せろよ」
静は娘を浅川に渡した。
「じゃ、お願いね。いつもこうだと助かるんだけど」
りに落ちていた。
だけなんだ、ちょっと、邪魔するよ。
使
日記帳の類が出てくれば一番てっとり早い。××日、どこそこに
て、辻遥子、能美武彦、岩田秀一の四人で……。と、そういった記
はずっと以前のものばかりであった。
、ペアで
そろ
揃っヤリ
た。
つく
吊り下
はナプキン、定期券入れ。中を
のぞ
覗く
上り切ったところであった。
「あの、二階にもトイレありましたっけ?」
浅川は、オーバーにキョロキョロして見せた。
「そこの突き当りですけど」
怪しんでいる気配はない。
「陽子ちゃん、おとなしく眠りましたか?」
「ええ、おかげさまで。どうもご迷惑かけます」
「いいんですのよ」
義姉は軽く頭を下げ、帯に手を当てながら和室に入った。
会社、東京都千代田区
こうじまち
五、TEL(03)261492
で、いつのこと?
この家から電話をかけるわけにはいかない。
たばこ
煙草をると
言い残して、浅川は表の公衆電話に走った。ダイアルを回す。
声。
「あの、お宅の会員券で利用できる施設を知りたいのですが」
多いのかもしれない。
「あ、いや、そうですね……、東京から一泊で行ける範囲で……
そろ
そろ
揃って二泊も三泊も家を空けたとなれ
調
のところに泊まるとか言ってなんとでも親の目をごまかせる。
「南箱根にパシフィックランドという総合施設がございます」
女性の声は事務的であった。
「具体的に、つまり、どんなレジャーが楽しめるんですか?」
プールもございます」
「宿泊施設は?」
の、もしよろしければ案内書をお送り致しますが」
「ええ、ぜひお願いします」
浅川は客を装った。心よく情報を聞き出すためである。
「その、ホテルや貸し別荘に、一般の人間も泊まれるんですか?」
「はい、できます。一般料金になりますけれど」
ためしに行ってみようかな」
「宿泊の申込みでしたらこちらで受け付けますが」
かもしれないから……。教えてよ、電話番号」
「しばらくお待ちください」
待つ間にメモ用紙とボールペンを取り出していた。
「よろしいですか?」
女の声が戻り、十一
けた
長い。浅川は素早く書き取る。
「念のため聞くけれど、それ以外の施設はどこにあるの?」
います」
高校生や予備校生にそんなところまで行く軍資金は
ないだろう。
「なるほど、名前のとおり、太平洋に面してるってわけだ」
始めた。浅川は適当に聞いて、遮った。
てください」
なっていた。
った。浅川も居間から食器を運ぶのをかいがいしく手伝った。
「ねえ、どうしちゃったのよ。あなた、ヘンよ」
静は洗い物の手を休めずに言う。
「陽子を寝かしつけたり、台所を手伝ったり。心境の変化? ずっと
このままだといいんだけど」
しないことだ。
「ねえ、そういえば、寝かす前、紙オムツにしてくれた? その
でお漏らししたらたいへんよ」
とを真似てみる。グラスを想定し、飲むふりをする。
「なにやってるの?……あなた」
……、このガラス戸は鏡となって台所の様子を映し出したはず
であ
ゆが
には、ガ
たのだ。
「あ、陽子ちゃん。起きたのね」
は濡
まりに激しい泣き声であった。静はあわてて二階へ駆け上がった。
を差し出した。
「これ、ピアノの下に落ちてましたよ」
って裏返した。
「変ねえ、どうしてこんなものが」
不思議そうに首をかしげている。
「智子さんが友達から借りたんじゃないですか」
こんな名前の人いたかしら」
そう言った後、良美は大げさに困った顔をして浅川を見た。
「いやだ。これ、大切なものなんでしょう。あの子ったら、も
……
美は
ささい
細なことでも悲しみに拍車がか
かってしまう。浅川は聞くのをためらった。
けたとか……
親は何も知らないのだ。
「僕のほうで持ち主を捜して、返しておきますよ」
った。
これをどう解釈する? 浅川はこう考えた。野々山は残りの三人、つ
会社
じや
蛇の道
はへび、新聞社のコネを使えばどうにでもなる。
……あなたぁ、……
なたぁ。子供の泣き声に混ざり、妻の声はオロオロしていた。
「ねえ、あなたぁ、ちょっと来てくださらない」
るほどに、その思いは強くなった。
「どうしたんだ?」
浅川は妻を
とが
咎めるように言った。
つもと違うの。ねえ、病気かしら」
揺らせている。顔は真っ赤で、両目ともぎゅっと閉じていた。
「いつからこうなんだ?」
「目を覚ました時、誰もそばにいなかったものだから」
とによって何かを訴えかける、一体何を……、この子は今、何か言
く結……
おび
怯え。そうだ、この子は恐怖のあまり泣き叫ん
でいる。陽子は顔をそらし、結んだ
こぶし
拳をわずかに開いて正面を指差
た。天井の下三十センチのところに掛けられた握り拳大の
はんにゃ
般若
面。この子は鬼の面に怯えているのか?
「おい、あれ!」
浅川は
あご
後ゆ
りと顔を見合わせた。
「まさか、この子、鬼に怯えてるって言うの?」
声はピタリと止まった。
「なんだ、陽子ちゃん、オニがこわかったのぉ」
ほお
の部屋にはもう居たくない。
「おい、早く帰ろう」
浅川は妻を
急かした。
……、でも、息子の部屋を隅々まで捜しても、結局何も出なく
話をかけることができた。
まりに行くようなことを言ったらしい。
……夏休みも終わりだもんな、最後にぱーっと遊ばないと、身を
入れて受験勉強に打ち込めないですよ。
それを聞いて野々山は笑った。
……バカヤロ、予備校生に夏休みなんてあるのかよ。
しまう。
ふたりの寝息がかすかに聞こえる。午後の九時……
ンションに落ち着いて仕事のできるスペースはない。
浅川は冷蔵庫からビールを出し、グラスに
注い
宿
一棟五千円、一人あたり千円ちょっとで利用できるのだ。
記者という身分を
あか
証し、その調査目的を明確に告げたとしても、管
宿
宿
ゃんと筋を通すのが安全かつ的確だ。
えていかねばならない。
鬼の顔を見て、あれほど
おび
怯え
車の中で浅川は妻に聞いた。
「なあ、おまえ、陽子に鬼のこと教えたか」
「え?」
「絵本かなにかで、鬼が
こわ
恐いモノであることを教えたかい?」
「ううん、まさか……
……。だから、初めてカミナリの音と稲妻に触れた子供が、これ
しかし、……しかし、鬼は。国語辞典でオニを引けば、想像上の怪
怪物だということ。しかるに、鬼は……。果たして鬼は日本だけの
ものだろうか、いや、西洋にも似たようなヤツがいるぞ。悪
……。最初の一杯に比べて、ビールの味が落ちてきたように思
眠っている。
第二章
十月十一日 木曜日
湿
おお
被う
ラスを打ち始めたのだ。
一方通行の多い市内をどうにか抜け出したのが十九時。
すぐ目の前に、
こうこう
々としたオレンジ色の光をくるんだ長いトンネ
が見
ねつかん
熱函
たんな
根パシフィックランド入口の案内が目につくはずだ。
たんな
丹那断層を突
は一
撫でるワイパーがき
いたのだ。
宿
ンのB4号棟に宿泊していた。岩田秀一が野々山の名を借りたこ
ャビンB4号棟と考えて間違いない。謎の死をとげるちょうど一
週間前のことである。
4号棟の今晩の宿泊を予約するためである。明
を過ごす時間は充分にあった。
……行ってみよう、とにかく、現場に行ってみよう。
急いていた。彼の地で待ち構えているものが何なのか、彼に
はまるで想像がつかなかった。
しながら聞いた。
「南箱根パシフィックランドはこの先?」
たくなったのだ。
「この先に案内が出ていますから、そこを左に折れてください」
川を
けげん
怪訝り、ゆっ
りと車を出した。
うに
しぼ
萎んでいる。ビ
まぶた
瞼に明滅し、引き返すなら今のうちだぜとニタニタ笑っている。
く、この事件を共に追ってくれる男……。当てがないわけではな
人格にがまんできるかどうかは自信が持てない。
スペースもなかった。
た。丹那断層を境に東と西ではこうも天候が違うのだ。
化に驚く。パシフィックランドの敷地内に入ったとたん、
ぜいたく
贅沢
路。
ことにテニスコートは四つともみな
ふさ
塞がっていた。十月上旬の木曜
海だ。
して、女は電話口で言った。
……熱函道路の中ほどを左に折れて、山道を上ってきてくださ
い。
浅川はその通りにした。他の抜け道があるとは考えられない。
ールを指差した。
ございます」
「駐車場はあるの?」
「管理人室の前が駐車場になっております」
じられない。
キャビンからは夕食後の楽しげな
だんらん
団欒
に、夜の木陰の深い闇に沈んでいる。B4号棟、浅川が今晩泊ま
上部のみが浅川の目にとまった。
調宿
てくれたのはこの男に違いない……、そう思って、浅川は愛想よく
笑いかけた。
「予約してある浅川です」
男はノートを開けて予約を確認する。
「B4号でしたね。ここに、お名前と、住所をお願いします」
川は
あて
宛に郵
送したばかりで、もう手元にはなかった。
「お一人ですか?」
し、キャビネットを振り返った。
もし
そろ
うんですが」
「ほう、ビデオのレンタル?」
三日の金曜日……、SFを中心に、洋画の話題作ばかりが並んでい
一、浅川がここに来たのは一応仕事のためである。
「あいにくと、仕事でね」
したようであった。
「食器などは、全部揃ってますね」
浅川は念を押した。
「はい、ご自由にお使い下さい」
使
を出ようとする浅川に、管理人はB4号棟の場所を説明し、その
後、妙に丁寧に「ごゆっくりどうぞ」と言った。
であり、気休めである。
るには
ぜいたく
贅沢にガ
もしれない。浅川の頭にふとそんな思いがよぎった。
つる
吊す
と、部屋中の明かりという明かりを全て
とも
灯していた。
揺らしていた。
たウ
と氷に弱いという先入観が働いたためであった。
調
だった。
たように感じる。浅川は、今までの
いきさつ
経緯を
た。
……果たして、オレは何を待っているのだ? 恐くないのかい?
い、恐くないのかい? 死神に襲われるかもしれないんだぞ。
ジが形となって現れそうでしかたない。
として、チラッと外の闇に目をやる。すぐ前にはB5号棟の屋根
た。というのも、ビラ・ロッグキャビンができてもう半年、B
調
調
ある。
……彼らは、ここで一体、何をしたのだ?
浅川は微妙に質問の仕方を変えた。
……いや、この部屋でできることは何だ?
ど飲んでいるより、管理人にあたったほうが早くはないか。
険に
痺してきたらしい。仕事の合間を縫っ
は作ったばかりの水割りを一気に飲み干し、また別のを作った。
ページをめくった。
四月七日 土曜日
ミ、ツ。ユウイチってとっても優しいの、ウフフ
NONKO
日、やはり土曜日である。
おとうさんはでぶです。
おかあさんはでぶです。
だから、ぼくもでぶです。
四がつ十四にち
を狂わせた結果、何かを見落とすこともあり得るのだ。
わることを嘆く声が多くなる。
八月二十日 日曜日
バイクを所有。なかなかのハンサム。買い得だゼ。
A.Y.
は相手が欲しいよという
おも
想いを、ノートにぶつけている。
退
った。
そして、次のページ。
八月三十日 木曜日
ごくっ。警告。度胸のない
やつ
奴は、コレを見るべからず。後悔する
よ。ヘッヘッヘ。
S.I.
う。コレを見るべからず? コレ、とは一体何だ? 浅川は
いったん
一旦ノート
を閉じて、横から見た。小さな
すきま
隙間
を入れ、ページを開いた。……ごくっ。警告。度胸のない奴は、コ
だ? 浅川は考えた。おそらく、あの四人はページを開き、その上に
レを見るべからず、の「コレ」とイコールで結ばれるに違いない。
る。何もなかった。鉛筆一本出てこない。
関する記述はなかった。
の重さはない。週刊誌、あるいは、単行本とか……
らしい。
……そうだ、VHSのビデオテープなら、ノートを開いて、その
重しにするのにちょうど手頃だ。
で伝えようとしたのかもしれない。もし、それだけのことな
……、まてよ、もしそうなら、どうして岩田秀一は固有名詞を使
使
使
れない。
……どうだろう。調べる価値はあるのか?
く、こんなところで、あれこれ考えていても
らち
埒が
玄関を出ると、石段を上り、管理人室のドアを押した。
姿
退退
て過ごす他ない……、浅川はここの管理人の境遇をそんなふうに解
は四つん
這いにゅ
っと顔を出した。浅川は、どこか言い訳がましく言った。
「やっぱり、ビデオでも借りようかなと思いまして……
管理人は、
うれ
嬉しそうにニヤッと笑う。
「どうぞ、お好きなのを……。一本につき、三百円頂きます」
時代に見たものばかりであった。他には……、他に、未知の恐怖映
てい
い。
「ソレ、なんですか?」
使
けた声を上げると、そのテープを手に取った。
「なんでもないですよ、こんなモン」
……おや、この男はこのテープの内容を知っているのだろうか。
「見ましたか? それ」
浅川は尋ねた。
「さあねえ……
こにあるのか、とんと
解せないというふうに。
ょうかね」
管理人は返事をする代わりに、ポンと
ひざ
膝を打った。
り、ここのビデオだとばかり思って、持ってきたんだけど……
「コレが置いてあったのは、B4号棟じゃないですか?」
首を振る。
だから」
浅川はもう一度聞く。
「あなた、このビデオ、見ましたか?」
管理人はやはり首を横に振った。顔から笑いが消えている。
「いいえ」
「ソレ、ちょっと貸してくださいよ」
「テレビ番組でも録画するの?」
「え、ええ、まあ……
管理人はビデオをチラッと見た。
つめ
爪が折れてるよ、ほら、再録防止のための爪が折れてる」
いらだ
立ちを感じた。貸してくれ
して強い態度に出ることはできない。
「お願いしますよ。すぐ返しますから」
ているのか……。ひょっとして、消し忘れのビデオとか……
管理人は手で制した。
「いやいや、料金は結構ですよ。いただけるわけないでしょう」
「どうも、ありがとう、すぐ返しますよ」
浅川はテープを持った手を軽く上げた。
「おもしろいヤツだったら、すぐに、頼みますよ」
既に一度見たものばかりで、彼の興味の対象からは外れつつある。
……それにしても、なぜ、アレを見逃していたのだろう。いい退
画しただけのものかもしれない。
だ。
止用
つめ
爪が折られ
危険なんてあるわけがないのだ。雑音とともに画像は
いつたん
一旦激しく揺
かと、浅川は顔を近づける。警告! コレを見るべからず。後悔する
よ。岩田秀一の言葉が
よみがえ
る。後悔なんてするはずがない。浅川は慣
見せられたとしても、後悔しないだけの自信はあった。
ズの
さもないと、ひどい目にあわせると脅迫していることになる。
調
強烈なエネルギーの流露が心地よくて……
はじ
弾けた。それととも
体を占めてしまうこともあった。黒から白、そして赤へ……
白い煙をもくもくと立ち上らせていた。カメラが位置するのは
ふもと
麓の
あたりで、足元はごつごつとした黒褐色の溶岩に覆われている。
……、飛び上がった
しぶき
飛沫
る。カメラはどこに位置するのだ? 空からの撮影ならともかく、こ
シーンの間には連続性がなく、まったく唐突な変化であった。
画面の乱れもない。
使
止まった。赤い一の目と、白地に並ぶ黒い五つの目……、何を意味
するのだろう。
しわ
のシ
しわ
皺だらけの老婆が、
ひざ
膝に、左
見えてしまう。
……その後、体はなあしい? しょーもんばかりしてると、ぼう
ぇ。じのもんでがまあないがよ」
て、だれに向かってこの老婆は語りかけたのだ?
た。
あご
流れ出したものか、それとも……。濡れた肌ざわりもあった。しか
小さなモノまで揺らしていた。
板に
いうのも変ではあるが、
湧き上がる音声が大群集のそれを思わせ
かつさい
喝采し
非難……、そんな気がしたのだ。
のチ19型で、うさぎの耳の形を
ンプ
とも
うにか「貞」と読める。貞の字は時々乱れ、
ゆが
歪ん
が、濡れ
ぞうきん
雑巾で
拭き取られるような消え方であった。
と、不思議に思う。
退
宿
る。獲物を
ねら
狙う獣の目。男は顔から汗を流していた。はあはあと呼
叫び声が
顔が
のものかどうか……。やがて、画面の周囲は闇に縁取られ、暗闇は
こぶし
拳大が降
かんでは消える白い文字はこう語っていた。
にたくなければ、今から言うことを実行せよ。すなわち……
姿
の女優、夜空を彩る花火……、蚊取り線香のCMである。およそ三
た。同じことの繰り返し……、大切な個所に割り込む余分なCM。
面を見つめている。
のど
喉はからからに渇いていた。
……なんだ?……こりゃ」
と。
……だれが消したんだ? この四人か?。
あご
顎ががくがくと震えた。もし、四人の若者たちが同時刻に死んだ
鹿
遂げたことを。
と闇の中でこちらをうかがっている気配がする。
……もしもし」
湿
。言
おも
想いと、時をかけて熟成した憎しみが、受話器
たが、浅川には意図するところがわかった。確認の電話なのだ。
……見ただろ、わかったな。言うとおりにするんだ……、さもな
いと……
便
まいそうに思えた。
……さもないとって言われてもよぉ。わかんねえじゃないか。ど
うしろってんだ? え? オレは何すればいいんだ?」
トイレの床に座り込み、浅川は恐怖に負けまいと大声を上げた。
「わかってくれよ、連中が消してしまったんだ。大事なところ
……、オ、オレは知りようがない。勘弁してくれよぉ」
姿
くる。リビングルームの窓を見た。カーテンが揺れている。
……おい、さっき締めたはずじゃねえか。
舞っていた。
きない。
……だれがなんと言おうともだ。これ以上ここに居たら、オレの
命は一週間どころか一晩で終わってしまう。
る方法を考えよ! 瞬間に
湧き上がる生存への本能。浅川はもう一度
こうこう
煌々と
イグニッションにキィを差し込んだ。
「ひとりでは無理だ、あいつの助けを借りよう」
影はどこにもなかった。
第三章
十月十二日 金曜日
「まず、そのビデオを見せろや」
よみがえ
り、恐怖心は少しも弱まることなく肥大してゆく。
からだ
身体に取り
憑いたナニモノかの影を、ふっと、体の奥のほうに感じ
ることさえあった。
しい印象を受けてしまうだろう。
竜司は、グラスから氷を取り出し、口に放り込んだ。
……聞いてなかったのか、オレの話を。危険だって言っただろ」
浅川は押さえた声で言った。
「じゃあ、なんで、オレに相談を持ちかけた? 助けてもらいたいん
だろ?」
ほお
竜司は
ほお
噛み砕
く。
「ビデオを見なくたって、手助けする方法くらいあるさ」
ない。浅川は不意の怒りに襲われて、ヒステリックに声を上げた。
「おまえ、信じてないんじゃねえのか! オレの話したこと……
綿
のに、こいつは、自ら進んで、あのビデオを見たいなどと言う。
「でかい声出すなって。オレが
こわ
恐が
かい? いいか、浅川、前も話した通り、オはもし見れること
やつ
奴がいたら、命と引き換えでもそいつから知識を引き出そうとす
ずだぜ」
てを打ち明けているのだ。
とら
捉えどころのない性格は、ますます磨きがかかったように見受け
れる
いったん
一旦士入学し
如何
かなどというたわいもない観念を
もてあそ
ぶことイコール哲学ではない。
彼の超心理学への
ぞうけい
詣の深さには並み並みならぬものがあった。浅
……逆だ。超心理学は世界の仕組みを解き明かすひとつのキィワー
はいった
ながそで
長袖の
連中にはへどが出るとも。
取材の中で浅川はこんな質問を出した。
……将来の夢を聞かせてくれよ。
竜司は平然と答えた。
……丘の上から人類の滅亡する光景を見物しながら大地に穴を掘
り、その穴の中に何度も何度も射精すること。
浅川は念を押した。
……おい、本当にそんなこと書いちまっていいのか。
た。
「だからよお、オレには恐いものなんてないの」
竜司はそう言った後、顔をぐっと浅川のほうに近づけた。
「ゆうべ、またひとり、ヤッちまったしよ」
……またか。
その目が赤く充血している。
ほお
頬にも赤みが差し、吐く息が少し酒臭
あ、おまえにちょっと、頼みてえことがあるんだが……」と彼の背
たた
中を
たた
らものを頼まれて嫌な気はしない。
「実はよう、ちょっと、オレの家に電話かけてくれないか」
竜司はなれなれしく浅川の肩に腕を回して言った。
「いいよ、でも、なんのために?」
「ただかけるだけでいいんだ。電話してオレを呼び出してくれ」
浅川は顔をしかめた。
「おまえを…… だっておまえはここにいるじゃないか」
「いいから、やってくれよ」
司君お願いします」と目の前にいる人間を呼び出した。
「あの、竜司はもう学校に行きましたけれど……
置く。
「おい、これでいいのか」
るでわからなかった。
「何か変わった様子なかったか?」竜司が聞いた。
「おふくろの声、緊張してなかったか?」
「別に、なにも……
れていたとは思えない。
「背後でガヤガヤ人の声がしたとか……
雰囲気だ」
「そうか、それならいいんだ。ありがとよ」
「なあ、どういうことなんだ? なぜ、こんなことをする?」
をぐっと自分のほうに引きつけ、口を
みみもと
耳許にもっていった。
る。実はよお、オレ、今朝の五時頃、女を犯してきた」
探らせた。
たのだった。
倫理観があった。
かつとう
葛藤は
てんびん
天秤
まっている。しかし、それにしても……。自分はどうしてこんな
やつ
の友人なんだと、常々思っている疑問がふと
湧き
竜司以外にはいない。たまたま同級生だったからか いや、同級生
う。
「なあ、おい。急ごうぜ。残された時間は後六日だろ」
竜司は浅川の二の腕を
つか
掴むと、ぎゅっと握った。力が強い。
まえがおっちんじまったら、オラ寂しいでねえかよぉ」
司は
揉みながら、皿に手付かずで残っ
ャクチャと
噛み始めた。竜司にはものを噛むときに唇を閉じる習慣
がなく、口の中で
だえき
液と混ざって溶けてゆく様を浅川はすぐ目前で
いている。
浅川は悟った。こいつ以外に頼りになる
やつ
奴はいないと。
……相手は正体不明の悪霊で、常人にかなうわけがない。あのビ
く奴には、長生きする資格はない。
た。
えば
しゃべ
喋りが発端であった。もし、あの
度も乗り替え、家に帰るべきであったと後悔した。
「おまえの家で、ダビングできるかい?」
ピーを作るくらいなら別段問題はない。
「できるよ」
分の部屋で何度もじっくり見て研究したいんでな」
……心強い、と浅川は思う。今の浅川は、こんな言葉で簡単に勇
気づけられる。
殿
しまう。そして、
いったん
一旦
這い
はえ
上の
はえ
退
……お願いだから、もうあの人を家に呼ばな
いでちょうだい。そう言った時の、嫌悪感を
あらわ
露に
をつけるわけにもいかなかった。
部屋は暗く静まり返り、玄関にまで湯と
せっけん
鹸の香りが流れてい
とを確認すると、浅川はダイニングルームに竜司を案内した。
「ベイビーちゃんはおネンネかい?」
のこのこと起き出してこないとも限らない。
見て、本当に再生してもいいのかと、無言で意志を確認する。
「なにしてんだ、さっさと再生しろよ」
逸ら
ないはずなのに、もうこれ以上この事件を追おうという気力が
湧か
を、浅川は無視することができない。
バルコニーから部屋の中を
のぞ
覗くと、すりガラスを通して画像が揺
を見てほしかった。
姿
像を一時ストップさせた。
「寝てたんじゃないのか?」
浅川の声には非難の色が含まれている。
「物音が聞こえたものだから」
川を順に見回した。不審気に表情を曇らせながら……
「寝てろ!」
一切の質問を拒否する口調で浅川は言った。
「よかったら、奥さんもご一緒に。これ、おもしろいですよ」
床にあぐらをかいたまま、竜司が顔を向けた。浅川は竜司を
怒鳴
こぶし
拳に込めて力いっぱいテーブルを打ちつけた。静はその音にびくっ
あいさつ
の少し傾けて「どうぞ、ごゆっくり」と竜司に
あいさつ
挨拶して、
で、ビデオをつけたり消したり……、妻がどんな想像を巡らせた
けいべつ
軽蔑の
蔑。浅川は、妻になにも説明できないのがつらかった。
もう一度ポイントを確認していった。
六日、オイラが七日」
竜司は、ゲームに参加できたことを喜ぶように言った。
「どう思う?」
浅川は竜司の意見を聞いた。
「子供の遊びじゃねえのか」
「え?」
いは不幸の手紙とかよぉ」
も、似たパターンのものがあった。
「だから?」
「いや、別に。ただ、ちょっと、そんなふうに感じただけだ」
「他に何か気付いたことがあったら言ってくれ」
ンこんなモンと鼻であしらうことができる。そうだろ?」
言葉が嘘でないことを知っていることである。
鹿
見た者全ては死ぬ運命にあり』と言い、その後すぐオマジナ
……、おい、これから、死の運命から逃れる方法のこと、オマジ
たってこともある」
四人に聞くことはできな
いぜ」
置いた。
「まあ、見てみろや」
香の
ねら
りをしていった。行き過ぎ、戻し、また停止、コマ送り……
西
躍する若手落語家であった。浅川は画面に顔を近づけた。
「おまえ、この番組知ってるだろ」
竜司が聞いた。
「NBSで放送中のナイトショウだ」
かわかる」
……なるほど」
ラ・ロッグキャビンに泊まった例の四人に間違いない。
えのか?」
「わかった、調べておく」
あ、戦友」
司は
たた
叩いた。ともに死ぬ運命にあるから、戦友など
という表現を使ったに違いない。
「おまえ、恐くないのか?」
罰は死……。いいねえ、命がけじゃなければ遊びはおもしろくね
え」
目の奥を
のぞ
覗いてもひとかけらの
おび
怯えも読み取ることができない。
調
やつ
4号棟に泊まった客に当って、ビデオを持ち込んだ
やつ
が一番高いのは、例の四人のすぐ前に泊まった連中だ」
「それもオレが調べるのか?」
竜司は一息でビールを飲み干し、しばし考えた。
……期限を切られちまってるからなぁ。おまえ
のダチで、だれか頼りになる奴いねえか? いたら、手伝ってもら
え」
命に係わることだから、そう簡単には……
浅川は吉野のことを考えていた。
せりゃ、
しり
ぞ、そいつも」
「みんな、おまえみたいな奴ばかりじゃないんだよ」
えか」
つか
調
死のゲームに身を投じる人間は
まれ
稀な
での
いきさつ
経緯を話しておくべきかもしれない。
「わかった、当ってみるよ」
竜司はダイニングテーブルに座ってリモコンを手に取った。
たつに分けられるだろ」
言いながら、彼は火山の噴火のシーンを出して、停止させた。
調
で録画されたものなのかはっきりする」
いことを言う場面だ。
……なあしい、しょーもん、ぼうこん、だーせん、よごら、な
ど、方言らしい言葉がちりばめられている。
るはずだ」
退
歳前後といったところだろう。
「この男に見覚えあるか?」
竜司が聞いた。
「あるわけないだろ」
「薄気味悪いツラしてやがる」
を表したくなるよ」
調
けてはプロだろ」
物を割り出せるわけがない。日本の人口は一億を越えている」
「だから、犯罪者の線を追ってみたらどうだい? あるいは、裏ビデ
オの類の俳優とか」
多いと、メモしておかなければ忘れてしまう。
ら取り出すと、お互いのグラスに
注いだ。
「乾杯しよう!」
乾杯の理由がわからず、浅川はグラスを持ち上げようとしない。
「オレは予感がするんだ」
竜司の土色の
ほお
頬に少し赤みがさしてくる。
匂ってくるんだ、どこからともなく、あの時の衝動が……
にも話しただろ、おれが一番最初に犯した女のこと」
「ああ、覚えている」
せいそ
せいそ
清楚
はじ
弾け
ローマ字で書かれている。YUKAR AKITA。オレ右手
の横から片方の足をのぞかせて……
竜司
いったん
旦話を中断させた。そして、その後の光景を素早
川は初めて見る思いだった。
……その、二日後、学校からの帰り道、アパートの前を通りかか
姿
……。ただ、あのアパートにだけはもう一秒たり
ど恐かったんだなあ」
嫌悪感を感じた。
「おまえ、それで、気が
とが
咎めたりはしないのかい?」
リートに
こぶし
拳をいて
みろ、しまいには痛みなんて感じなくなる」
……だから、今でも、同じことを続けているのか。浅川はもう二
にだけは寄せまいと。
ら」
心の中を見透かされたようで、浅川はあわてて話を
逸らした。
「ところで、その、予感ってなんだ?」
こんな手のこんだイタズラはできやしねえだろ」
筋肉の盛り上がりがすばらしい。
宿
が明ければ、おまえの残り時間はあと五日」
竜司は片手を広げた。
「わかった」
かる。懐かしい香りがするもんな」
えて玄関に立った。
「次の作戦会議はおまえの部屋でやろう」
浅川は低い声で、はっきりと言う。
「わかった、わかった」
竜司の目が笑っていた。
振り子が揺れている。十時二十一分……。今日一日、何度時計を見
でに消された個所の謎を解明できるかどうか。成功の可能性の
ほとん
殆ど
い手
がん
癌患者の心境であった。浅川はこれまで、癌は
た。嫌悪しながらも、竜司に
魅かれる理由がわかったような気がす
追い払うのは、死んだ後に残される妻と娘に
おも
想い
おび
寝顔
おび
怯えて縮こまってい
いきさつ
経緯を
ておかないと、きっと後悔することになるだろうと。
十月十三日 土曜日
……おもしろい、と浅川は思う。一応、ブリーフ
だけのことは協力しようとも……。吉野の場合、信じるべき土壤が
沿
こうすんなりと信じたかどうかわからない。
使
れるのだった。
えて
肘をつき、目をせわしなく動かして、もう一度浅
川の言った言葉を吟味する。
……八月二十九日の夜、ビラ・ロッグキャビンにて間違いなくあ
ったのだ。こいつが五日後に死ぬ? 信じられるか、そんなことが。
しかし、四人の死は紛れもない事実、これをどう説明する? 論理的
な筋道は?
いかにも芝居がかっていた。
「もしよければ、コレ、ごらんになりますか?」
が、小栗の
のど
喉の奥から聞こえる。小栗は窓際には目もくれず、机の
直に自分の心に問うていた。
……見ようと思えば今すぐにでも再生できる。おまえにはそれが
ってみろよ。
小栗の理性は自分の肉体に命令を下す、……こんな馬鹿なことは
奉者だろう。幽霊に
おび
怯えるガキじゃあるまいし。
いがあった。ひょっとして、本当だったら……、世界にはまだ現代
る。小栗は顔を上げ、乾ききった声で言った。
「で、どうしてもらいたいんだね、君は?」
……勝った、と浅川は確信した。
るんです」
小栗は両目をかたく閉じていた。
「記事にするつもりかい?」
「これでも記者ですからねえ……、一応事実は書きとめておきま
任せしますが」
小栗は大きくふたつうなずく。
か」
小栗の前にテープを差し出した。
「コレ、信じたんでしょ?」
小栗は「うーん」という長い
うな
唸り
一抹の不安がある……、まあ、そういったところだろう。
「僕も編集長と同じ気分ですよ」
姿
っても消えそうになかった。
あそさん
阿蘇山、
あさまやま
浅間山……
に入る。
……三原山?」
姿いる
すその
裾野か
コピーをとった。
宿
使
使
の裏番組を録画しようとしたのだった。
浅川は
いったん
旦受話器を置き、
でそろ
出揃
通した。問題がありそうなのは一ケ所だけ……。金子夫婦と小学生
声で頼み込んだと言う。さんざんもめたけれどもどうにか
あきら
諦め
き、男の子は泣きながら家の門をくぐった……
貼る部分に「フジテックス VHS T120 Super
た。
……たびたびすみません。さきほどお電話したM新聞の浅川です
が」
親の声である。
のテープ、どこの会社のものかわかりますか?」
「さあ、ねえ」という笑いを含んだ声。その背後で物音がする。
「あ、今ちょうど、息子が帰ってきましたので聞いてみますわ」
なと思いながら。
使
物ばかりですから」
使
らめいた。……まてよ、このテープのケースはどこにあるのだ?
かった。
「お宅、ビデオテープをケースに入れて保管していますか?」
「ええ、もちろん」
から
空の
いかどうか、調べてもらえないでしょうか」
「はあ?」
る動機がわからず、行動を鈍らせてしまっている。
「お願いします。……実は、人の命がかかってるのです」
も、浅川は嘘を言っているのではない。
「ちょっと、お待ちください」
でなければ、金子宅に残っている可能性が高い。声が戻った。
「中身のカラのケースですね?」
「はい」
「ふたつございました」
「メーカー名とテープの種類が記されているはずですが……
T120。もうひとつは、フ
ジテックス VHS T120 Super AV……
か。浅川は丁寧にお礼を述べて受話器を置いた。
宿
4号棟のビデオデッキは録画状態になっていたのだ。そして、忘
は悪天候を
のろ
呪うあまり、たちの悪いイタズラを考えついた。死の運
……、その時がくれば、連中がどんな気持ち
で死んでいったかわかる。
てしまったとは露ほども思わなかった。
……電波ジャック!
候補
ひぼう
誹謗す
れてしまった事件を、浅川は思い出した。
そうだ、電波ジャック以外に考えられない。
認する必要を感じた。
したことがない。
た外に出て調査していたのだろう。……何か、新しいことがわかっ
いる。まだ帰ってないのだ。
きゃしゃ
いに
てだて
手段
きゃしゃ
華奢
こんな方法で死の宣告を受けようとは……。まだ心のどこかには、
日常が延々と続くのではないかと……。小栗編集長は人を小馬鹿に
いものだ。
あきら
諦めった
び出し音を七回聞いたところで、受話器の上がる音がした。
「なにやってんだよぉ! 今頃まで……
浅川は相手を確かめもせず
怒鳴
い浅川が、竜司にだけは平気で
罵詈雑言
かった。
しかし、返事は意外にも竜司の声ではなかった。
「もしもし……、あの……
いきなり怒鳴られ、おどおどした女の声。
「あ、すみません。間違えました」
浅川は受話器を置こうとした。
「あの、高山先生のところにおかけでは?」
「あ、ええ、そうですけれど……
「先生はまだ帰っておられませんが……
呼ぶところをみると、家族の者でないことは察しがつく。恋
…… まさかというい。竜司を好になる女などいるはず
ない、浅川は先入観でそう思い込んでいた。
「そうですか、僕は浅川という者ですけど」
ます。……浅川さん、ですね」
に心地いい。
使
スペースに、浅川はもぐり込んだ。
三人揃
味ではない。人によっては、配偶者を失うことによって生じた
すきま
隙間
を永久に埋めることのできぬ者もいる。……三年、三年というのが
は、耐えられないことであった。
せんぼう
羨望の
まなざ
差しを向けたのだが、彼はその目に初恋の女性の面影を見
で出会えば
あいさつ
挨拶
ば、ここはそっくりそのまま妻と娘のものになる。
……死亡時に受け取る生命保険の額は確か二千万だと思ったけれ
ど、ちゃんと確認しておく必要があるな。
浅川は、
もうろう
朧とした頭で金額をあちこちに振り分け、アドバイス
のだろう。病死? 事故死? それとも他殺?
……とにかく、生命保険の内容をもう一度確認しておかねば。
悩み、遺書めいたものを残そうと考えるのだった。
十月十四日 日曜日
た声で「……はい」と答える竜司。いかにも、この電話で起こされ
怒鳴ってしまった。
「ゆうべ、どこに行ってたんだ!」
「あ、……あ、なんだ、……浅川か」
「電話をよこすはずじゃなかったのか!」
チも強い、参った、参った」
刻に生きている自分が馬鹿らしく思えた。
「とにかく、今から行く。待ってろ」
浅川は受話器を置いた。
つか
掴んだに違いないと、彼に対してささやかな期待を抱いた。ひょ
浅川の精神を疲れさせた。
さに
ぶしようひげ
無精髭姿
たかい?」と聞く。
「いや、べつに……。ま、上がれよ」
が定まらず、まだ脳細胞が起きてないことは一目
りようぜん
であった。
「コーヒーでも飲んで目を覚ませよ」
ヤカンを火にかけた。時間に対する強迫観念が突然に
湧き起こる。
た。
「さあ、調べたことを教えてくださいなぁ」
ビラ・ロッグキャビンにてテレビより録画されたものらしいこと。
「ほう?」
れたものが持ち込まれたと考えていたのだ。
いることになるが……
交ったという情報は入ってないらしい」
……」竜司は腕組みをして、しばらく考え
んだことにより……、まてよ、テレビに流れた時点ではオマジナイ
の方法は消えてなかったはずだから……、ま、いいや、とにかく、
地元の新聞社もこの事件をキャッチできずにいるということ……
ないし、不思議な
うわさ
噂もない」
「なあ、エイズが文明社会に登場した時のこと覚えているかい?
だ、出会ったこともない症状で死ぬ
やつ
奴を見て、妙な病気が起こって
出したのは、発生してから二年ばかりたってからなんだぜ。……
な、そういうこともある」
たんな
丹那西
数生
おもてざた
表沙汰
し浅川が、
めい
姪を含む四人の死に共通なファクターを見つけていなか
に数百数千という犠牲者が出てからのことだ。
で、竜司、もうひとつの可能性は?」
鹿
えだろ」
……だから?」
ンネルを見たりするかい?」
住居もまばら、テレビを見る絶対数も断然少ない。
な」
査をしなければ、決して解決できそうにない問題であった。
なる推測に過ぎない」
ていたんじゃ、
らち
埒があかねえじゃねえか。この線でいく他ないさ」
調
除けば、締め切りまであと四日。
ーセント間違いなかった。
三原山の写真である。
「どうだ?」
竜司に見せながら、意見を求める。
「三原山か……。おい、これも百パーセント確実と見ていいぜ」
「なぜ分かる?」
あさんが
しゃべ
使いが
する
さしきじ
地の方言が含まれてるってよ。そいつは優柔不断な
やつ
奴で、
山の噴火に関して何か調べたか?」
「ああ、もちろん。戦後……、なあ噴火の時期は戦後に絞って構わ
ないと思うが……
撮影技術の発達を考えれば当然のことであろう。
……そうだな」
……、一九八六年の秋。なお、五七年の噴火
では新火口が生じ、一人が死亡、五十三人が重軽傷を負っている」
ま、まだなんとも言えねえな」
してきた。
が、ご丁寧に標準語に訳してくれた」
浅川は紙切れを見た。そこにはこう書かれている。
水遊びばかりしていると、
はよく聞いておけ。土地の者で構うことないじゃないか」
浅川はゆっくりと二回目を通して、顔を上げた。
「これ、どういうことだ?」
「知るか! それを、おまえ、これから調べるんじゃねえか」
「あと四日間だぞ!」
調
に多い。神経が
とが
尖って、浅川は非難がましくなっていた。
「おまえはな……。オレはおまえより、一日余裕があるんだ。せい
ぜい先頭に立ってがんばってくれや」
浅川の心にふと疑念が
湧い
を検証できる。たった一日の差が、大きな武器となりうるのだ。
んだろ。ヘラヘラ笑いながら、そうやって、平然と……
みっともないヒステリーと知りつつ、浅川はわめいた。
ら、もっと頭を働かせろや」
浅川はまだうらめしげな目をしている。
おまえはオレの親友だよ。死
ね。お互い、一生懸命がんばりましょう。……おい、これなら文句
ねえのか?」
調
た。
せ、玄関
のぞ
合った。
「あら、ごめんなさい。てっきり先生ひとりとばかり……
顔立ちはテレビCMでよく見かける女性作家と似ていた。
「どうぞ、入りなさい」
ひそめている。
「紹介しよう。K大学文学部の高野舞さん。哲学科の
さいえん
才媛で、僕の
……。こちらは、M新聞社の浅川和行。僕の、……
友です」
たのか、この時はまだ浅川にはわからなかった。
「はじめまして……
川はこれほど
きれい
麗な女性に会ったことがなかった。肌のきめ細か
さ、目の輝き、均整のとれた体のライン……、しかも内面からにじ
い。浅川は蛇ににらまれたカエルの
ごと
如く立ちすくみ言葉も出なかっ
た。
「おい、なんとか言えよ」
なく応じたけれど、目はまだうつろなままだ。
「先生、ゆうべはどこに行ってらしたの?」
は、
つまさき
先を優雅に滑らせて竜司のほう
に二、三歩近づいた。
「実は、高林君と八木君に誘われて……
かし、体重は竜司の半分程度だろう。
「帰らないなら、ちゃんとそう言ってくれないと……
たびれちゃった」
性であった。
竜司は母親に
しか
叱られた少年のように首をうなだれている。
「まあ、いいわ。今回は許してあげる。はい、コレ」
けようと思ったけれど、本の位置が変わると、先生怒るから……
遅くまでこの子は竜司の部屋で彼の帰りを待っていた! そういう関
係だというのか? あまりに不釣り合いなカップルを見ると腹立たし
のこもった
まなざ
眼差し! 言葉遣い、それから顔つきまで変化させてしま
し、高野舞の目を覚まさせてやりたい程の怒りを覚えた。
てらっしゃるでしょ。リクエストはございまして?」
浅川は返事に困って竜司を見た。
「遠慮するなよ。舞さんの料理の腕、なかなかのもんだぜ」
「お任せします」
浅川はそう言うのがやっとだった。
ドアのほうばかりを見つめるのだった。
「おい、なに鳩が豆鉄砲くらったような顔してんだよ」
竜司はさもおかしそうにニヤニヤしている。
……いや、別に」
川の
ほお
頬をピシャピシャと軽く
たた
叩く。
「彼女がいないうちに、話さなくっちゃならねえことがある」
「舞さんにはあのビデオ見せてないんだな」
「あったりめえよ」
帰る」
ねえだろ」
「アンテナ?」
「電波の発信基地だよ」
調
調
捜査の仕方がわかれば、いくらかは可能性も出てくる。
りを伴う大きな疑問。
中に男の赤ん坊のシーンがあっただろ」
「ああ」
川は姿
いったん
一旦
彼は全身を水に濡らした裸の舞を想像してしまった。
こう、まるで、自分があの男の子を抱いているような……
……感触?…… 想像の腕の中で、舞と男の赤ん坊
ンと上げてしまった感覚 して、竜司がまったく同じ感覚抱い
たということの重要性。
「オレもそうなんだ。ヌルッとした感触を確かに感じた」
「おまえもか。とすると、これはどういうことだ?」
竜司
のそのシ
本のぞいていた。
「おい、これはなんだ?」
が真っ黒に塗りつぶされる瞬間を
とら
捉えることができる。
「あ、また!」
二分間のシーンの中に黒くなる瞬間は三十三回出てきた。
たった、これだけのことから何か新しい事
ビデオカメラの故障とか……
階段を上る足音が聞こえる。竜司はあわてて停止ボタンを押した。
に舞が現れた。そして、部屋は再び香しさに包まれていった。
かな好天に恵まれ、どこもかしこものどかさにあふれていた。
脈絡もなく様々な思いが次々と
湧い
い。あんなふうに芝生の上で子供と戯れることも……
姿
トレスはたまる一方だ。しかも、よりによって竜司のところ……
時に連絡が取れなくなる可能性があった。
「ねえ、不動産屋から電話があったわよ」
静は包丁を持つ手を休めないで言った。
「なんて?」
「このマンション、売る気はありませんかって」
川は
ひざ
膝に乗せ、絵本を読んでいた。意味がわかるは
って
せき
堰を切ったように言葉が
あふ
溢れ出してくる。
「いい値をつけたかい?」
地価高騰以来、売ってほしいと言う不動産屋は数多い。
「七千万……
ひところ
一頃
妻と子の手にはかなりの額が残ることになる。
「おまえはなんて言ったの?」
静はタオルで手を
拭きながら、ようやく振り返った。
「主人が留守だから、わからないって」
いつもそうだった。主人がいないから……、主人に相談してから
でなくては……、これまで静が物事をひとりで勝手に決めたことは
なかった。しかし、これからは……
「ねえ、どうかしら。そろそろ考えてみない? 郊外なら庭付きの一
戸建てが買えるでしょ。不動産屋もそう言ってた」
ころにそれはある。
「それに、ほら、そろそろふたり目も……
ビングルーム。陽子が
ひざ
膝の上であばれた。パパの目が絵本から離
るのだ。浅川は絵本に目を戻した。
……むかし沼間は沼浜と呼ばれ、
あし
葦の茂る沼地が海へと続いてい
た。
不明
もろ
るであろうことを、妻はまだ知らないのだ。
に言いかけたことが気になっていた。
……なぜ、あいつは、赤ん坊のシーンを何度も繰り返して見たの
か。それに、老婆の言葉……、うぬはだーせんよごらをあげる、す
て、三十数回出現しているらしい。
る。竜司は論理的な思考力もさることながら、直感力にも
長け
綿調
き出す作業であった。
して、デッキに押し込もうとした瞬間ふと気付いて手を止めた。
……待てよ、なにかがヘンだぞ。
とした変化だった。
……どこだ? 変わったところはどこだ?
どうき
動悸がする。
……悪いことなんだ。事態をよくする方向へのナニかではない。
が見たのだ。オレの留守中……
ている。静を仰向けになおすと、浅川はその肩を揺らした。
「おい、起きろ。おい、静!」
機嫌そうに
ゆが
歪ませ、体を右に左にくねらせる。
「おい、起きろってば!」
浅川の声はいつもと違った。
……なーに?……どうしたの?」
「話がある。こっちに来い」
て、ビデオテープを妻の前に差し出す。
「おまえ、コレ、見たのか!」
べる他なかった。
……いけなかったかしら?」
そう言うのがやっとだ。
……なにをそんなに怒ってるのかしらこの人、日曜日だというの
退
で作ったものなんでしょうけど。
静は無言で抗議していた。そんなに怒られる筋合いはない
……
浅川は結婚して初めて、妻を殴りたい衝動に駆られた。
……この、バカが!」
しかし、どうにか握り
こぶし
拳を
ころに放置しておいた自分が。
夫宛
のは当然のこと。隠さなかったオレが悪い。
「ごめんなさい」
不服そうな顔で、静は謝った。
「いつ、見た?」
浅川の声は震えている。
「今日の午前中」
「本当に?」
こくりとうなずいた。
「何時頃?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「いいから、答えろ!」
もう一度、浅川の手は動きかけた。
「十時半頃かな。仮面ライダーが終わったばかりだったから……
仮面ライダー? なぜ、そんなものを。我が家で仮面ライダーに
こらえた。
た時、陽子はどこにいた?」
静は泣き出しそうな顔になっていた。
「私の
ひざ
膝の上にいたわ」
……おまえと一緒に、……この、……
と、言うんだな」
……
「うるさい! そんなことはどうでもいい!」
夢が崩れ去る? それどころではない。家族そのものが消滅しよ
うとしている。まったく、なんの意味もない死によって。
ただごと
只事でないことに気付き始めた。
「ねえ、……まさか、……嘘でしょ」
う、これはなに?
「ねえ、嘘なんでしょ。……あんなこと」
こにもいるかと思うと。
十月十五日 月曜日
ていたのだ。
使
が、浅川が持っているのはビラ・ロッグキャビンB4号棟のテレ
をバッグに詰めた。三日分……、それ以上は必要ないのだ。
、不
ぬぐ
を浮かせかけて、外の音に敏感に反応していた。
からないんだよ。とにかく、オレに任せろ」
弱気な姿を妻の前にさらしてはならない。
らである。
「おもしろい発見があるんだ。おまえの意見をぜひ聞きたい」
竜司の声は少し興奮気味である。
実は、今、レンタカーを取りに行くところ
なんだ」
「レンタカー?」
「電波の発信場所を捜してこいと言ったのはおまえだろ」
もしれねえ。前提そのものが崩れちまう……、かもネ」
の部屋に寄ることにした。
荒々しく
たた
叩いた。
「入れ! 鍵はかかってない」
所を横切った。
「何を発見したんだ?」
浅川は勢い込んで聞く。
「なにカッカしてんだよ」
竜司はあぐらをかいたまま、目をぎょろっと向けた。
「何を発見したのか、さっさと教えろよ!」
「落ち着けよ」
「落ち着いてなどいられるか、さあ、早く答えるんだ!」
竜司はしばし黙った。そして、ゆっくりと聞く。
「どうした? 何かあったのか?」
浅川は六畳間にぺたりと座り、
ひざがしら
を両手で強く握った。
「妻と、……妻と娘が、例のヤツを見ちまったんだよぉ」
「それは、それは、テエヘンなことになっちまっただナァ」
て鼻をかんだ。
「それで、おまえ、女房と子供を助けたいんだろ?」
浅川は子供のようにうなずく。
じゃあ、困る」
「わかった」
浅川は素直に認めた。
「まず、顔でも洗ってこいよ」
できない分、竜司を感情の
捌け
ぐち
口にしていたのだ。
タオ
ト用紙を
し出した。それは簡単な表になっていた。
1)イントロ83秒[0]抽象
2)赤い色の流出49秒[0]抽象
3)三原山55秒[11]現実
4)三原山の噴火32秒[6]現実
5)「山」の文字56秒[0]抽象
6)サイコロ103秒[0]抽象
7)老婆111秒[0]抽象
8)赤ん坊125秒[33]現実
9)無数の顔117秒[0]抽象
10)古いテレビ141秒[35]現実
11)男の顔186秒[44]現実
12)ラスト132秒[0]抽象
とに分けたものだ。
「昨夜、ふと思いついてこんなものを作ってみたんだが……
画面が真っ黒に覆われる瞬間の回数」
浅川は
けげん
怪訝な顔をしている。
調
の通り……、3)4)8)1011)に現れている、ちゃんと」
「その次の、抽象とか現実というのは?」
ーン。その区別だよ」
竜司はそこで一呼吸置いた。
「これを見て、何か気付くことはないか?」
いる」
「な、そうだろ。まず、その点をよく頭に入れるんだ」
してくれよ。ようするに、これは何を意味するのだ?」
達した。
いったん
一旦そ
るかどうか……
「わかった、続けてくれ」
たとえば、無数の顔のシーンはどうだい?」
竜司はリモコンを操作して、そのシーンを映し出した。
「よーく、見ろ。この顔」
退
うでいてどこか異なる。
「どんな感じだい?」
竜司が聞いた。
……
うそ
ン師と」
抱いた」
る。明確な返事を。
「どうだ?」
もう一度竜司が聞いた。浅川は頭を振る。
「だめだ、何も思い浮かばない」
と考えていたんじゃねえかい」
「違うのか?」
「一瞬画面を覆うこの黒い幕はなんだ?」
十分の一秒だから、時間にして約〇・一秒程だ。
よく、見てみろよ、この画像。一面真っ黒ってわけじゃない」
やりと、白いモヤのようなものがかかっている。
「ぼやけた影……、こいつはな、残像だ。そして、見ているうち
に、自分が当事者に陥ってしまったような、生々しい臨場感は?」
竜司は浅川の目の前で大きくひとつまばたきをして見せた。……
黒い幕、黒い幕。……え?
「ひょっとして、コレ、まばたきか」
浅川は
つぶや
呟いた。
つじつま
褄が合うんだ。人間は直接
うちにまばたきをしている。黒い幕は目を閉じた瞬間なんだよ」
体に何者かが入り込んでしまった! そう思えてならない。機械が録
感覚器官の中に入り込んだことによるもの……。浅川は体の中の異
物と同じ視点でこの映像を見ていたのだ。
ぬぐ
ぬぐ
拭っても拭っても、額からは冷たい汗が流れ出る。
画したのは、女かもしれねえなあ」
浅川には言葉が聞こえてなかった。
「へへへ、どうした? おまえ、死人みてえな顔してやがるぞ」
竜司が笑った。
つまり、この人物は我々に何かをしてもらいたいんだ」
声が
みみもと
耳許に
てはいるが、意味が頭にまで届かないのだ。
がだれなのか探り出すこと。そして、その人物が生前……
おそらくこいつはもう生きてはいまいが……、生前に、何を望んで
イなのさ」
竜司はどんなもんだいと、浅川にウインクしてみせた。
のに、浅川はまるで空腹を感じなかった。
からなくては、ドライバーの神経は
いらだ
苛立つ
たのだ。
の前に着いた。竜司は二時間の睡眠を取ったことになる。
「おい、着いたぞ」
をこすり、ブルブルッと顔を横に振った。
「せっかくいい夢を見ていたのによぉ、ふぁーああ」
「これからどうするんだ?」
ぐるっと見回した。
ろでストップ」
ぜ」
とまた横になろうとした。
に説明しろよ」
「行きゃあわかる」
竜司はダッシュボードに
ひざ
膝を当て、再度眠りに落ちていった。
館」と小さく書かれた二階建ての古い民家がある。
「そこの駐車場に入れろ」
香を
嗅ぐように鼻孔を広げている。
「へへへ、おかげでどうにか夢の続きを見ることができたよ」
「どんな夢だった?」
浅川はハンドルを切り返しながら聞いた。
でねえ」
舐め回した。
何者であるか知った。
「すみません、だれかおりませんか」
竜司は奥に向かって声をかける。返事がなかった。
退
川はその答えを、壁や陳列ケースに捜した。……
持ち、そのエネルギーは……。そこまで読んだところで、階段を駆
け降りる音が奥から響き、引き戸を開けて四十過ぎの
くちひげ
口髭のある男
胸のポケットから名刺入れを取り出した。
「はじめまして、K大学の高山です」
調
じょさい
如才無
た。彼が顔をしかめたのは、浅川の名刺に対してであった。
すが」
「はあ、なんでしょう」
男は警戒の目を向けた。
「実は、三浦先生には生前一度だけお会いしたことがあります」
式の椅子を三脚持ってきて向かい合わせに並べた。
「そうでしたか。さあ、どうぞ、お座りください」
「三年程前……、そう、ちょうど先生が亡くなる前の年ですね、
それで、まあ、この機会に先生のお話も伺っておこうと……
「この家で、ですか?」
「はい、高塚教授の紹介で……
通項がはっきりしたのだ。
……このふたりは自分のいる側の人間であって、攻撃をしかけよ
うとしているのではないらしい。
せん、あいにくと名刺をきらせまして……
「と、おっしゃいますと、先生の……
「ええ、不肖のひとり息子ってやつですよ」
したとは……
あろう人間に向かって、りっぱなお子さんはないだろう。
営に当っていることなどを
じちよう
自嘲気味に話すのだった。
ら、不肖の息子と言わざるを得ないですねえ」
宿
宿
っていたのだ。
「ところで……
竜司は、居ずまいを正して話の核心に導こうとした。
「あ、どうもすみません。ついペラペラと余計なことを……
ろで、どういったご用件で?」
てるぜと、竜司は横顔に
けいべつ
軽蔑の色を浮かべるのだった。
「実は、我々はある人物を捜してます」
「だれです?」
「いえ、その名前を知るために、私はここに来たのです」
「はあ、どういうことなのか……、どうも、よく……
れとなく促した。
秘めています」
アップし、その資料を保存しているというお話を伺いました」
て欲しいと言い出すのではあるまいかと。
なものも多くて、それになにしろ数が数なものですから」
調
ために膨大な量に膨れ上がってしまった。
いただければ、我々ふたりで捜し出します」
「ここの二階の倉庫にありますけど、まず、ご覧になりますか?」
調
階に案内した。
れが、ざっと見渡しただけで数千冊……、竜司はともかく浅川の顔
から血の気が引いた。
……こんなことに時間をかけていたら、この暗い倉庫で死を迎え
ることになってしまう。
そして、「他に手はないのかよぉ!」という声にならない叫び。
「拝見してよろしいですか?」
竜司はこともなげに言う。
「どうぞ、どうぞ、ご自由に……
哲明
あき
調という好
ざりしたらしく、
「私は仕事がありますので」と言い残してその場を立ち去った。
ふたりだけになると、浅川は竜司に聞いた。
「おい、どういうことなのか説明しろよ」
まって八八年で終わっている。八八年……、三浦博士が亡くなった
年だ。死をもって三十二年間に及ぶコレクションは幕を閉じる。
調調
ら、おまえは六〇年から始めてくれ」
が付されている。
「調べるって、何を調べればいいんだ」
ップする」
「女?」
浅川は不思議そうに首をかしげる。
言ったと思うんだ?」
確かに、男に子供が産めるわけがない。
調
の理由を説明した。
使
調
子たちはネットワークを張り巡らし、能力のありそうな人間の
うわさ
噂を
調
博士の亡くなる年まで続いたのだ。
「なるほどね……」浅川はつぶやいた。「このコレクションの意味
ると、どうしてわかるんだい?」
やつ
奴な
使
みす三浦さんのネットワークが見逃すとは思えねえ」
……可能性はある。確かに浅川も認めざるを得ない。ファイルを
めくる指に力が入る。
「ところで、オレはなぜ一九六〇年のファイルから調べてるん
だ?」
浅川はふと思いついて、頭を上げた。
の」
「だからって、なにも……
「うるせえな、可能性の問題だって言ってるだろ」
っき
いら
苛ついているのだと、浅川は自分を戒めた。し
ァイル。落ち着いてるほうが余程不自然だ。
その時、浅川はファイルの中に伊豆大島という文字を目にした。
「おい、あったぞ!」
り向き、
のぞ
覗き込む。
……伊豆大島、元町。土田昭子。三十七歳。六〇年二月十四日の
念写を得る。擦り替えた跡なし」とある。
「どうだ!」
浅川は興奮で体を震わせながら、竜司の反応を待った。
……可能性がないこともない。一応、住所と名前を書き取ってお
け」
したが、竜司の素っ気無い反応が不満でもあった。
二時間かけて、一年分の資料も洗うことができないのだ。
調
顔を埋めたまま動かない。眠っちまったのかなこいつ……
伸ばし掛けたところ、竜司は押し
つぶ
潰したようなうめき声を上げた。
れ。それと、『プチペンション・それいゆ』に今晩の予約を頼む」
「な、なんだ、それ」
「さっきのおっさんが経営しているペンションだよ」
「そりゃわかってる、そんなところになぜおまえなんかと……
「いやか?」
ろ」
「仮に女を発見したとしても、今からでは大島に行く
てだて
手段はない。
たほうがよかねえか?」
、し
あきら
諦め、浅川は弁当を買いに走り、三浦哲明に今
食べた。午後七時……
つか
束の間の休息であった。
調
がたまっていった。
午後九時……、しんと静まり返った倉庫に響いたのは、竜司のす
とんきょう
な声であった。
「とうとう見つけたぞ。こんなところにいやがった」
ガネをかけ直した。そこにはこうあった。
……伊豆大島差木地。山村貞子。十歳。封書の消印は、一九五八
った。
「お、おい、これだ」
た。そして、この女の名前は、山村貞子。
「どう思う?」
竜司は聞いた。
「まちがいない、こいつだ」
ようやく、浅川の心に希望が
湧い
に間に合うかもしれない、そんな思いがふと胸をよぎった。
十月十六日 火曜日
だ。
うも台風が近づいている気配だ。波が荒く、揺れもひどい。
、そ
つか
掴んで大島に向かう
の人間がビラ・ロッグキャビンB4号棟の録画状態になったまま
きりさせるために今ふたりは大島に向かっている。
してふたり
そろ
揃って大島に来てしまってよかったものかと。台風に閉
が救うのだ 締め切りはもうすぐそこまで迫っている。あさっての
午後十時四分。
缶コーヒーで両手を暖めながら、浅川はますます小さく
からだ
身体
める。
能なのかどうか」
「信じる信じないの問題じゃねえだろ」
大島の地図に目を落としたまま、竜司は答えた。
たちに見えるのは、連続して変化する現象の一部だけだ」
竜司
ひざ
知ってる
ろ。宇宙は二百億年前に
すさ
凄ま
姿
ことができる。微分方程式さ……、いいかい、この宇宙のほとんど
使
姿
明らかになる。しかし、だ、どんどん時間を
さかのぼ
って、〇の瞬間、よ
後にはどうなっちまうのか……。宇宙は開いているのか、あるいは
人生に似てねえか」
竜司はそう言って浅川の腕をつついた。
たばかりの赤ん坊だった頃の様子がある程度わかるもんな」
は人間にわからないんだ」
「死んだ後って……、死ねばそれで終わり、何もなくなる、それだ
けじゃないのか」
「おまえ、死んだことあるのかい?」
「いや」
浅川は妙にまじめくさって首を横に振った。
「じゃあ、わからねえだろ。死後の世界がどうなっているのか」
「魂が存在するってこと?」
りいくような気もする。現代の分子生物学者の言っている
ざれごと
戯言
ネルギー、というよりもある種の意志が働いたと思う」
題を転じていった。
ていただろ。何かおもしろいモン見つけたか?」
そういえば、読みかけであったことに気付いた。……
論。……念はエネルギーを持ち、そのエネルギーは……
……
「その後は?」
「いや、読む暇がなかった」
あるってことよ」
とか?」
「そういうことになるな」
「そりゃ、また、極端だ」
いる。生気論の変形と受け取れないこともない」
を戻していった。
とら
因と結果がわからなくてもただ現象面だけを
とら
捉え
るのは、もっと明解な答えであった。
る。
「なあ、浅川。ちょっと気に掛かることがあるんだが」
「なんだ?」
イを実行しなかったのだろう」
……なんだ、そんなことか。
「決まってるじゃないか。ビデオの内容を信じなかったからさ」
宿
たんだ。覚えているだろ、斎藤……、あのうすらバカ。部員は全部
り、
あご
顎をがくがく揺らせて、『幽霊を見た!』って大声で
わめ
喚き
人はどんな反応をしたと思う?」
「半分信じて、半分は笑った、そんなところじゃないか」
竜司は首をふる。
そのうち一人一人怪物に襲われて……、というパターンだ。しかし
いつは人間の本能の中に組み込まれてる」
か?」
ってことをこの子は「知って」いるのか。
駆けする
やつ
奴がかし
らこっそりと実行に移すことだってできる」
……つまり、もしオマジナイが実現不可能な
ことであったらどうしようと。
てしまったというわけか……
を晴らそうとしている……
「おまえが何を考えているかわかるぜ、オレには。どうする?
し、そうだったら」
たぐい
類の
るかどうか……、浅川は自問した。それよりも問題なのは、もしそ
なものであることを祈る他ない。
くる。
「なあ、竜司。頼みがある」
浅川は声に力を込めた。
「なんだ?」
「もし、オレが間に合わなくて、つまり……」浅川は死という言葉
明かした場合、オレの妻と娘にも……
竜司はそれから先を言わせなかった。
ビーちゃんを救ってやる」
浅川は名刺を一枚取り出すと、その裏に電話番号を書き込んだ。
だ。ほら、これが実家の電話番号。忘れないうちに渡しておく」
竜司は名刺を見もしないで、ポケットに放り込んだ。
姿
を想像するのは耐えられなかった。
タラップを降りながら竜司が聞いた。
「なあ、浅川。女房子供ってそんなにかわいいものなのか?」
る。
「そのうちわかるよ、おまえにも」
いなかった。
熱海の
ふとう
頭よりも、ここ大島の棧橋に立った方が幾分風が強い。
西
早で歩いた。
宿
調
退
調
ディーに進むはずであった。
おいたのだ。
「失礼ですが、浅川さんでは……
背後から声がかかった。
「ええそうですが……
「大島通信部の早津です」
早津は傘を差し出しながら、人のよさそうな笑顔で迎えた。
「突然ですみません。お世話になります」
に座った。
「さっそく、山村敬さんのお宅に伺いますか?」
で、そのぶん白いものが多い。
「山村貞子の実家、もうわかったんですか?」
調
てあった。
の間は民宿もやってるんですが、どうです? もし、よかったら、今
晩はそこに泊めてもらったら……、私んところでもいいですが、あ
んまり狭くて汚いもんだからねえ……、かえってご迷惑かと……
た。浅川は後ろを振り返って竜司を見た。
「オレはそれで構わねえぜ」
つばき
椿の
風雨
さら
晒されて土
椿
も顔を出し、からまり合っている。しかもその表面は雨に
濡れ
ような感覚に陥ってしまう。
「差木地はこのすぐ先ですよ」
いとこ
い。山村さんは確か、山村貞子の母の
いとこ
従兄弟
す」
「山村貞子って女性、今何歳なんですか」
だけで、一言も口をきこうとしない。
「さあ、わたしは直接会ったことはないんですが……
いれば、今頃は、四十二、三歳ってとこじゃないでしょうかね」
……もし生きていれば。なぜこんな表現を使うのだろうと、浅川
く大
つか
う、そんな
危惧がさっと頭をよぎったのだ。
角形の島影がぼんやりと浮かんでいる。利島だった。
で、見渡せるんですよ」
早津は、はるか南の沖合を指差して自慢気に言った。
「調べるって、一体、その女の何を調べればいいんだ?」
……昭和四十年に入団? 冗談じゃねえ、今から二十五年も昔の
ことじゃねえか。
吉野は心の中で毒突いていた。
……一年前の犯人の足取りを追うだけでもかなりやっかいだとい
うのに、二十五年とは。
を知りたいんです」
吉野は
ら、机の端のメモ用紙を手前に引きつける。
……で、その女の当時の年齢は?」
ひしよう
飛翔に入団してます」
えさん、今、どこから電話かけてるんだい?」
「伊豆大島、差木地からです」
…………、いつ帰る予定だ?」
「なるべく早く」
「知ってるのか、台風が接近してるってこと……
たまま出られなくなるかもしれない。
「海と空の便、どんな具合ですか?」
浅川はまだ詳しく知らなかった。
……
「欠航……
……じゃねえかな」
調
つか
感は
じか
直に口にすると、危機感は
しまった。
え」
逸ら
その女の……、山村貞子の十八歳までの略歴は、もうおまえのほう
で調査済みなんだな」
「おおまかなところは……
ましていた。
「ところで、他に何か手がかりはないのかい? まさか、劇団飛翔だ
けってんじゃねえだろうな」
差木地で生まれ、母の志津子……、あ、この名前もメモ頼みます。
を祖母に預けて、東京に出奔……
「なぜ、赤ん坊を島に残したまま?」
学精神科助教授、山村志津子の恋人……
子供なのかい?」
「確証は取れていませんが、まずそう見て間違いないでしょう」
「ふたりは結婚してないんだな?」
「ええ、伊熊平八郎は妻子持ちですから」
なるほど、不倫の恋ってやつか……、吉野は鉛筆の先を舌でなめ
た。
「わかった、続けてくれ」
明。ところが、五〇年代半ば、この島に住む山村志津子の
いとこ
従兄弟
便とい
うわさ
噂をキャッ
チします」
「事件でも起こしたのかい?」
便
……、ところが、僕が新聞社の名刺を差し出し
の母娘は、一九五〇年から、五五年までの五年間にマスコミを
にぎ
賑わ
は島なので本土の情報は入りにくく……
「それが、なんなのか、オレに調べろって言うんだな」
「察しがいいですね」
「バカヤロ、それくらいすぐにわからぁ」
とも
ふさ
す。三十一歳でした」
「志津子がなぜ自殺したか、それもオレが調べるわけ?」
「お願いしますよ」
調
ったに違いない。
ないかい?」
よ」
「ああ、そうしてくれ」
は思えない。
「さて、母親に自殺された貞子はそのまま差木地に残って母の
いとこ
従兄弟
民宿をやっていて……
宿
うとしてやめた。余分なことと思われたからだ。
りの日時に噴火しているんです」
ねえな」
予言が的中したという
うわさ
噂が
だろう。ただ、ここで、重要なのは……
まるで自分にそんな能力はないとばかり……
「謙虚さゆえか?」
届いただけ。そこには、劇団
ひしょう
飛翔
便
こで何をしているのか知る者はこの島にひとりもいない」
翔以外にないということだな」
「残念ながら……
調
村志コミ
にぎ
だな」
「そうです」
「どっちを先にする?」
「え?」
調
のかって聞いてんだ。おまえ、時間がないんだろ」
直接問題になってくるのは、もちろん山村貞子の半生である。
「娘のほうから頼みますよ」
すか」
団の
けいこば
稽古場なら充分に開いている時間だろう。
「吉野さん、明日と言わず、今晩頼みますよ」
吉野は大きく息をついて首を軽く振った。
稿
日だって……
を払っていたのだ。
てなんです」
なかった。ただ、無言で吉野の返事を待つ他ない。
……って、いってもよぉ。しょうがねえなあ。わかった、なるべ
く今晩中にどうにかするよ、ま、約束はできんが」
「すみません、恩にきます」
浅川は頭を下げて受話器を置こうとした。
「おい、ちょっと待てよ。オレはまだ重要なことを聞いてないぜ」
「なんですか?」
は一体どんな関係があるの?」
浅川は一呼吸置いた。
「言っても、きっと信じませんよ」
「いいから、言えよ」
「ビデオカメラがあの映像を録画したんじゃない」
を待った。
のなんです」
「へ?」
吉野は一瞬言葉を失った。
「ね、信じられないでしょ」
「念写……、みたいなものか」
ばせるんだから、『念像』とでも言うべきなんでしょうかね」
「念像」が
ねつぞう
造という言葉と重なり、吉野はさもおかしそうに笑っ
った。
の場所に行き着いた。
「劇団
ひしょう
飛翔り、
けいこ
稽古
ることにどことなく違和感を覚えた。
を含めて四人に過ぎない。
し、内村を呼んでもらうよう頼んだ。
「先生、M新聞社の方がお見えです」
一週間後に迫った公演の
けいこ
古風景でも取材にきたのだろう……
ぎの男に向かってちゃんづけで呼ぶこと……、いや、それよりも内
な存在がここにいる、と。
ちワルイ女」
のひとりであった。
「山村貞子?」
馬は
禿
でたぐり寄せた。
「あー、あの、山村貞子」
がつくところを見ると、かなり印象深い女性に違いない。
じゃ、僕、稽古してるから、二階の僕の部屋に案
内してあげてよ」
いた席につくまでには絶対君主たる演出家の顔を取り戻していた。
ねているのだろう。
「嵐の中、ご苦労さまです」
て、楽な取材になるか苦しい取材になるか決まるものだ。
「すみません、お忙しいところ……
ポーズを取った。
う、ずいぶん昔のことですからねえ」
が懐かしい。
すか?」
りの頃でねえ、年ごとに入団希望者は増えていったんですが……
とにかく、ヘンな子でしたよ、山村貞子は」
「変といいますと、どんなところが?」
「そうですねえ」
有馬は
あご
分は
子に対して変な女という印象を持っているのだろう。
「特別目立った特徴でも?」
けれど、おとなしくて、……そして、いつも孤立してました」
「孤立?」
の子は、自分からは決して仲間に加わろうとしなかった」
村貞子の人格を際立たせていたとは考えにくい。
「彼女のイメージを一言で言うと?」
「一言? そうですね、不気味……、ってとこかな」
使
い。彼は、グロテスクな容姿の女を想像していた。
「その不気味さは、どこからきていると思いますか?」
村貞子の名を記憶に留めることになる、エピソード。
「そうだ、思い出しましたよ。この部屋だ」
使
明に
よみがえ
っていった。
いえ
けいこば
稽古場
使
ラスのつい立てが置かれ……、そして、そう、ちょうど今テレビが
ある同じ場所にやはりテレビが置かれていた」
有馬は言いながら、手でその場所を示していった。
「テレビ?」
吉野はさっと目を細めペンを構え直した。
「ええ、古い型の、白黒のね」
「それで?」
吉野は先を促した。
直そうとこの部屋に入ってきたのです。ほら、そこ……」有馬は入
口のドアを指差した。
そこ
のぞ
……。部屋の中は薄暗く、私はすりガラスを
ました。そこまでは、何の疑いも抱かなかったのです。でも……
有馬はそこから先を言い
よど
淀んだ。
「どうぞ、続けてください」
たことを」
にゾクッと悪寒が走ったことを、有馬はまざまざと思い出した。
た?」
吉野は確認した。
かべていたのです」
く覚えていた。
「で、そのことを、あなたはどなたかに話しましたか?」
「ええ、もちろん。うっちゃん……、さっきお会いになった演出家
の内村とか、重森さんなんかに……
「重森さん?」
すよ」
「ほう、それで、重森さんはあなたのお話を聞いてどんな反応
を?」
を持ちましてねえ。もともと女には目がないほうでしたから……
山村貞子のアパートを襲うぞって、無茶苦茶なこと言い出し
……、参りましたよ、私たちは……、酔っぱらいの
ざれごと
戯言にまとも
じま
終い
うに死んでしまったのです」
吉野はびくっとして顔を上げた。
「それで、死因は?」
「心臓
麻痺。公
います」
すね」
けの原因があれば、山村貞子の印象が強烈に残るのも無理はない。
「その後、彼女は?」
ど」
「ここをやめて、どうしました?」
「さあ、そこまではちょっとわかりません」
「ふつうの人はどうするんです、劇団をやめた後……
「やる気のある
やつ
奴は他の劇団に入り直しますよ」
「山村貞子の場合はどうでしょうかね」
いかな」
「つまり、芝居の世界から足を洗った可能性もある?」
「ま、なんとも言えませんがね」
「彼女のその後の消息を知っている人、いないですかねぇ」
「そうねえ、同期の研究生なら、ひょっとして」
「わかりますか、同期の方の名前や住所」
「ちょっとお待ちください」
出する履歴書を保管したものであった。
八名います」
有馬は八枚の履歴書を片手でひらひらさせていた。
「見せてもらえますか?」
「どうぞ、どうぞ」
履歴書には写真が二枚
貼ら
き抜いた。そしてその写真に目を見張った。
したか?」
だ。
ことがない」
、明
のぞ
覗かせる「不気味」さの正
体に、強く興味をそそられた。
十月十七日 水曜日
り出した。
南青山六一、杉山荘。それが、二十五年前の山村貞子の住所で
ックが六一であるが、吉野が心配した通り、杉山荘なる安アパー
ていた。
……どだい無理な話さ。二十五年前の女の足取りなんて、わかる
わけねえ。
ようと、伊豆大島通信部に向けてファックスを送り始めた。
その時、浅川と竜司は通信部のある早津の自宅にいた。
「おい、浅川! 落ち着けよ」
怒鳴り
ってしょうがねえだろうが」
…………ミリバール、北々東の風、
…………強いうねり。浅川の感情をさか
に、ラジオからは台風の情報が流れている。
便
らではないか。それが、早津の予想だ。
「木曜だって!」
浅川の頭の中は煮えたぎっていた。
……オレのデッドラインは明日の夜十時なんだぜ、台風の野郎、
さっさと通り過ぎるか、熱帯低気圧になって消えちまえ!
「この島の船と飛行機は一体いつになったら動くんですか!」
浅川は怒りをどこにぶつけていいかわからない。
……こんなところに来るんじゃなかった。悔やんでも悔やみきれ
ない、しかし、どこまで
さかのぼ
って後悔すればいいのか、あんなビデオ
た。ええい、クソったれ!
「おい、落ち着けっていうのが、わからねえのかい 早津さんに文
句言ったって仕方ねえだろうが」
マジナイを実行しなかったか……、大島まで来るゼニがなかったか
……、な、有り得るだろ。この嵐を恵みの風と考えてみろや。そ
うすりゃあ、気分も治まる」
「それは、オマジナイを発見してからのことだろう!」
合わせたが、浅川にはふたりが笑っているように見えた。
「なにがおかしいんですか?」
いた。
「よせよ。とにかく、ジタバタしたってはじまらねえ」
浅川の
いらだ
立ちに触れ、人のいい早津は台風による欠航に責任を感
ているように思え、その状況をどうにか変えようとした。
「調査のほう、はかどりましたか」
早津は浅川の気を落ち着けようと、穏やかに聞いた。
「ええ、まあ」
すぐ
おさななじ
幼馴染
たら、呼び出して話でも聞いてやったらどうです? 源さん、この嵐
で漁に出られず退屈してるはずだから、きっと喜びますよ」
はそう考えたのだ。
んが、ただ待つよりはよほどいいでしょう」
「はあ……
けた。
早津の言った通り、源次は
うれ
嬉しそうに話した。山村志津子のこと
しゃべ
喋るのが楽しくてしかたがないのだ。源次は志津子よりも三つ年
るのは、自分の青春時代を語ると同じことであった。
ことはないかもしれない。
を、海ん中から拾い上げたのがよぉ……、満月の夜だったよなぁ」
がぜん
俄然引
宿
ある夜のことで、志津子二十一歳、源次は二十四歳であった。
と、源次は四十四年前の出来事をまるで昨夕のことのように言う。
ら、
凪いだ海が夜空を映すのを見てい
わけ
そで
んな月夜
ンコをうっとり眺めるばかり。「バカ面しないで、さ、早く……
「行者様の石像さ」とそっけなく言う。
「行者様の……?」
まったと、志津子は
まゆ
眉をきっとつり上げて、悔しそうに言った。
の海
くつ
窟と呼ばれる小さな洞穴が
あり、そこには紀元六九九年ここに流された
えんのおづぬ
役小角
行の果てに
じゆじゆつ
仙術を体得し、鬼神をも自在にあやつることができ
際の
どうくつ
窟にこもってますます修行を積み、島人たちに農業や漁業を
行者祭と呼ばれる祭りは毎年六月十五日に行われていた。
れた石像の位置をしっかりと頭の中に
たた
叩き込んだのだった。
海に出られるのはとても素晴らしいことと思われた。
どうなっていて、深さがどのくらいなのか……、そして、ここに泳
つけ
櫓を動かしながら、源次は
そのことを聞いたが、志津子は答えず、浜辺で燃える
たきび
焚火を見なが
めてちょうだい!」と叫び声を上げた。
そして、
とも
艫に寄って海水に顔を近づけ、暗い海の中を
のぞ
覗くと、
の上に出して大きくふたつ息を吸い、海の底へと潜っていった。
何回海面から顔を出して息つぎをしただろう……
てきたから、さあ、引き上げてと、志津子は震える声で言う。
へさき
舳先のま
暗い海の底でキラリと光った……、志津子はそう言ったのだ。
調
挟まれる時にはきまって
かんきつ
柑橘
来を言い当てることを志津子はしなかった。
と知の子
はら
故郷に戻って女の子を産むことになる。その子が貞子であった。
平八郎のせいと決めつけているふしがあった。
こいがたき
の当然の思
つら
辛くひと
の力を与えたのは役小角の石像かもしれないということであった。
れたのは拡大された山村貞子の顔写真で、吉野が劇団
ひしよう
飛翔で手に入
れたものであった。
姿
いと
しい女の顔に薄日が差し、ようやくその
ようぼう
容貌が……
美しく整った顔立ちとその魅力を余すところなく伝えている。
「いい女じゃねえか」
を与えたに違いない。
の話の続きにあたる。
に置いて片時も離さなかったらしい。
は大きく週刊誌や新聞の紙上を
にぎ
賑わ
授という伊熊平八郎の地位に
げんわく
眩惑
方向に流れ始めた。
と伊熊平八郎に冷たくなっていった。
かりの自分の弟に特別の愛情を注いだらしい。
間の鼻をあかす方法はないと判断したからだ。
マスコミは多くの国民が望むこと以外口にしなくなる。恥を知
よって幕を閉じた。
……やはりインチキ、……化けの皮
はがれる、……ペテン師T大助教授、……
……現代科学の勝利。志津子と伊熊平八郎を擁護する記事はひ
とつとしてなかったのだ。
スコミの目と世間の
ちょうしょう
笑から逃れるために、志津子を説得して故郷
飛び
もろ
脆くも崩れ去ったの
だ。
浅川と竜司は同時に二枚のプリントを読み終わった。
おんねん
怨念だな」
竜司はつぶやいた。
「怨念?」
たか」
「マスコミへの恨み、か」
すうせい
趨勢が
ろ。なら、そういった世間の風潮を肌で感じ取ったはずだ」
「だからって、何も、無差別な攻撃を仕掛けなくたって……
と。
「なにぶつぶつ言ってんだ?」
「え?」
気付かなかった。
頃、初めて成功させた念写じゃねえかな」
「幼い頃?」
ない。
そうに見守っていたってことさ」
コロの目がはっきりと見えていたぜ」
わけがない。
「それがどうした?」
「母の志津子は、透視できなかったんだろ」
「母にできなくて、娘にできるのがそんなに不思議なのか いい
りようが
凌駕す
な。貞子にはそれができる。
けた
桁外れの力だ」
浅川はどうも釈然としない。
ルムに、もっと高度な図柄が写っていてもいいはずじゃないか」
「お
やつ
人に知ら
たが故に、不幸な生涯を送らざるを得なかった。娘に同じ
てつ
轍は
一般的な念写になるよう調整したのさ」
けいこば
場に残り、当時まだ
して自分の能力を人に知られないよう、注意しながら。
「次のシーンに登場する老婆はだれだ?」
浅川が聞いた。
使っ
ほとん
殆ど標
か係わりがあるのかもしれねえ」
……うぬはだーせんよごらをあげる。おまえは来年子供を産む。
「あの予言、本当なのかな」
だが、このファックスを見ると、どうも違うような気がするな」
「生後四ケ月で死んだ弟……
「そう、そっちのほうだと思う」
か?」
ねえかい」
「だれの子を?」
な」
をしている?
竜司は突然立ち上がり、そのため
ひざ
膝をテーブルの裏面にしこたま
打ちつけた。
い、浅川、メシ食いにいくぞ」
調
ウン
からだ
体の奥のほうに鈍く重い痛みを感じ、
調
おも
想い
浅川は竜司の後を追って外に出た。
竜司は元町港のすぐ前のスナックに背を丸めて駆け込んだ。
「ビールでも飲むか」
本」と叫んでいた。
映像は、ようするに何だと思う?」
「わからねえ」
宿
暗い空と海を心配そうに眺めているに違いない。
竜司が顔を上げた。
か、ちらっと聞いたことあるだろ」
浅川は窓の外に向けていた視線を正面に戻した。
して……
当りに、細部まで
めいりょう
、頭の中に
ひらめ
閃いていったと言う。結局、作
に意識に残っていたらしい。
「まさか、それ、だというのかい?」
一本注文した。
とら
捉えているからな。人生における印象的なシーン、と言えないこ
ともないんじゃないかな」
「なるほど、おい、ということは、つまり」
「そうだ、その可能性が強い」
……山村貞子はもうこの世に存在しない?
な形で現世に残ってしまった?
それともうひとつ、ビデオのラストに
映った男と貞子との関係は?」
らないことだらけなんだから」
浅川は不服そうな顔をしていた。
の謎を解くハメになったらどうする?」
い。浅川はその点にだけは確信を持っていた。
通信部に戻ると早津が言った。
もう一度かけ直すって言ってました」
ルが鳴った。吉野からであった。
「さっきから何度も電話してるんだが……
吉野の声にはささやかな非難が含まれている。
「すみません、食事に出ていて」
「それでと、……ファックス届いたかい」
調
に優しさが含まれる。浅川はいやな予感がした。
「ええ、おかげでとても参考になりました」
浅川はそこで受話器を持つ手を左から右に代えた。
「で、どうです、わかりましたか? 山村貞子のその後の足取り」
浅川は勢い込んで尋ねた。しかし、吉野の返事には間があった。
「だめだ。糸は途切れた」
ゆが
歪ん
庭前に向けて両足を投げ出した。
「途切れたって、どういうことです!」
浅川の声がうわずっている。
んだも口
そろ
以外は一切、山村貞子に関する情報は得られない」
「まさか、これで終わりってわけじゃないでしょうね」
「といったって、おまえ、打つ手が……
ない、妻と娘は日曜日の午前十一時」
竜司が後ろから、
「ま、私のこと忘れてる、いやぁね」
とちゃちゃを入れたが、浅川は相手にしないで続けた。
す」
「そうとも限らないだろ」
「え、どういうこと?」
「締め切りを迎えても、おまえさんが生きてるってことさ」
「信じてないんですね」
浅川は目の前が真っ暗になる思いであった。
「百パーセント信じろってほうが、無理な話さ」
の割合で弾丸の飛び出す
けんじゅう
めかみに当て、その引き金を引
ンルーレットの
賭けに巻き込むことができますか。できないでし
とするのが当り前だろ」
ばかだ、ばかだ」とわめいている。
「うるさい! 静かにしろ」
浅川は受話器を手の平で押さえ、振り向いて竜司を
鳴りつけ
た。
「どうかしたのか?」
吉野が声のトーンを落とした。
なるのは……
であった。
「オレたちはばかだ。オレもおまえも冷静さを失っている」
竜司が小声で言った。
たのか?」
たど
辿っ
か。なぜ、B4号棟でなければならないんだ、なぜ、ビラ・ロッ
ンドでなければならないんだ?」
いくらか気分を落ち着けて、受話器を持ち直した。
「吉野さん」
調
けど……
「ああ、聞いている。リゾートクラブだろ」
随するかたちで、現在の施設が整っていったと思うんですが……
調
る以前、そこに何があったのかということ」
吉野が走らせるペンの音が聞こえる。
「何があったって、おまえ、ただの高原じゃねえのか」
「そうかもしれない、でも、そうじゃないかもしれない」
司が
そで
袖を引いた。「それと、配置図だ。いいか、パ
れ」
つか
るのだ。
10
十月十八日 木曜日
た。視線を上に向ければ、伊豆高原の
りようせん
がゆったり中空を走
うとしていた。長かった……、というのが実感だ。普通の人が一生
してしまったのだから、長いと感じるのも当然だろう。
調
調
れない。
……これでよかったのだ、台風はこっちに味方してくれた。
ていた。
調
サナトリウムである。
、梶退
うた
詩わしめたのも結核菌であ
い。現在でもこの菌に冒されて死ぬ者は毎年五千人ほどいる。
便
所に位置したからだ。結核の場合、
いったん
一旦入退
便
へんぼう
貌を図るには、それは致命的であった。こうして、南箱根療養所
は一九七二年に閉鎖されることになった。
グキャビンが完成したのが、今から半年前の四月。
「どんなところだ?」
た。
「え?」
「南箱根パシフィックランドだよ」
……そうか、竜司はまだあの地に行ったことがないんだ。
「夜景のきれいなところだ」
と響いていたテニスボールの音が、浅川の耳に
よみがえ
った。
……あの雰囲気はどこからくるんだ? 療養所があったころ、そ
こで何人の人が亡くなったのだろうか。
の夜景を思い浮かべていたのだった。
目を
ひざ
膝の上に広
姿
沿
トに描かれた地図を
たど
辿った。明確に位置を指定できるわけではな
を覆ううっそうとした木々の茂みがあるのみであった。
えればとても取材に出向く時間はなかった。
吉野に頼み込み、吉野は
怒鳴
調
調
使
部の隔離施設を訪れた際、不注意にも患者から
てんねんとう
天然痘ウ
され
しゆとう
種痘
は至
とうしん
痘疹軽い症状
になりつつある。
「竜司、おまえ、天然痘にかかったことあるか?」
浅川が聞いた。
の」
「死滅?」
「あ
えいち
知によって根絶された。もうこの世に天然痘は存
在しない」
姿
記録に残っている。一九七七年十月二十六日に
はつしん
発疹しカ、
ソマリアの青年である。
「ウィルスが死滅する?……なあ、そんなことがありうるのかい」
姿
象がどうも
ぬぐ
拭い切れない。
とその進化に大きく係わっていることは確かだ」
の目が生き生きと輝いている。
姿
えか?」
んだから楽なもんさ」
なにがおかしいんだろうと、浅川はその顔を
のぞ
覗き込む。
……女性性器と男性性器を兼ね備えた生物が完全な美でありえる
わけがない。
「他にも死滅したウィルスってあるのか?」
調
りゃいいじゃねえか」
「戻れたらな」
「へへ、心配するな、戻れるよ」
使
の便を利用したのだ。
場に走った。
「おい、そう焦るなって」
せた。
もしれねえな」
見るのに忙しくて答える余裕がない。竜司は続ける。
姿
半数近くが死んだ。信じられるか? 半分、日本の人口が六千万に減
い。なぜか……、人間がいなければ、
やつ
奴ら
宿
もはや生きられないんだ。ところが、人間は
てんねんとう
天然痘
に追いやった、本当かね。そんなことができるのかねえ」
ほうそうがみ
疱瘡神
えきじん
疫神
そうした問いかけが含まれていた。
集中していたのだ。
11
寿
ではもう遅い。
と、ここにきて浅川はドアを押す手をためらってしまう。
「なにしてる、さっさと入れよ」
が、なぜここで
ちゅうちよ
するのか、竜司にはわからないこともなかっ
違いない。竜司は先にたってドアを開けた。
を通して太った中年の看護婦に声をかけた。
「すみません、ちょっと、先生にお会いしたいのですが」
看護婦は手元の週刊誌から顔も上げないで、のんびりと聞いた。
「診察ですか?」
「いえ、ちがいます。先生にお伺いしたいことがございまして」
看護婦は週刊誌を閉じると、顔を上げてメガネをかけた。
「どういったご用件でしょうか」
「だから、ちょっと、お話を聞きたいと思いまして」
竜司の背後から、浅川が
いらいら
苛々として顔を出した。
「先生はいらっしゃるんですか?」
比べた。
「どういったご用件なのか、おっしゃってください」
高飛車な言い方であった。竜司と浅川は
いったん
一旦体を起こす。
「こんな看護婦が受付にいたら、客が寄りつくはずねえよな……
竜司は聞こえよがしに言った。
「なんですって!」
……ここで怒らせたらマズイ! 浅川がそう思って頭を下げたと
ころ、奥の診察室のドアが開いて、白衣を着た長尾が姿を現した。
「どうしました?」
尾の
禿げ上がっていたが、五十七歳という年齢より
に立つふたりの男を見つめていた。
を見た瞬間、またもや同時に「あ!」と声を上げたのだった。
……長尾が山村貞子に関する情報を知っているかもしれないだ
と、冗談じゃない、一目
りようぜん
じゃねえか。
ーンが素早く
よみがえ
った。はあはあと荒い呼吸を吐き出す男の顔、汗み
いるが、見間違えることは決してない。
た。
と、こんなところでお目にかかれるとは……
倉を
つか
すさ
腹の優しくゆっくりとねめまわすような声で尋ねたのだった。
たんだ?」
て、壁にもたせかけた。長尾は、過去の記憶が
よみがえ
ったことに、ショ
ひらめ
閃い
いい知れぬ恐怖に全身を貫かれたのだ。
「先生!」
看護婦の藤村が心配そうな声を上げた。
「さあ、ボチボチ昼休みにしたらどうだい」
関のカーテンを閉めた。
「先生!」
べきことを考える。
ずいと考え、平静を装って言った。
「藤村君、昼休みにしていいよ。食事でもとっておいで」
……先生」
「いいから行っておいで、私のことはなにも心配いらない」
みみもと
耳許
ささや
囁いたと思
ったら、急に先生は目まいを起こして倒れそうになって……
ていたが、「早く行くんだ!」という長尾の
怒鳴り声に
はじ
弾かれたよ
うに表に飛び出していった。
「さ、それでは、お話を伺いましょうか」
司が
がん
ごと
如くその後
に従った。
男は、この『目』で見て全て知ってるのですからね」
った。
「そんな、ばかな」
……目撃しただと、そんなことはありえない。あの茂みにはだれ
もいなかった。第一、このふたりの男の年齢は……、当時……
あんたの顔、よーく知ってんだぜ」
……。その右肩にはまだ傷跡が残ってんじゃねえ
のか、ええ?」
尾の
あご
顎のあたりががくがく震えた。竜
司は充分に間を置いて、言った。
噛みつかれたんだろ? こうやってよぉ」竜司は口を開け、白衣の上
にか言おうとしたが、歯と歯がうまく
噛み合わず、言葉にならな
い。
対だ
しゃべ
の身に起こったことの全てだ」
つじつま
褄が合わないように思われた。あの出来事を見たんなら、なにも
矛盾は膨らむばかりで、長尾の頭は破裂しそうに痛んだ。
「へへへへ……
竜司は笑いながら、浅川を見た。その目が語っている。
……
おび
さ。
につれ、
からだ
身体中
肌の
いろつや
色艶、セミの声、汗と草の匂い、それに古井戸……
てんねんとう
天然痘
をまともに受けていたらと今でも身のすくむ思いだ。
にいるでもなく、父の症状を医師から聞き出すでもなく、風光
めいび
明媚
亡くなる日を予知していたのだ。
妙な
湧き、体中の血の温度を上
た。
『もっと木陰の涼しいところで話そうよ』
けたのだった。
トについた
ほこり
埃をぱたぱたと手で払っていたのだが、その仕草がとて
も無邪気でかわいらしいものに感じられた。
るよ
せみ
とた
のど
喉が
のぞ
使
からは、湿った冷気が立ち上がって私の顔を
撫で
りと衝動を取り去るにはとても至らない。衝動がどこから
湧く
わからなかった。
てんねんとう
痘の熱に制御機能を奪い取られた……、そん
たことはなかったのだ。
、驚
はじ
弾け飛んだ。その後
の記憶はどうにも
あいまい
昧で、思い出せるのは断片的なシーンでしかな
スを胸の上までめくり上げ、そして……、激しい抵抗にあい、右肩
を強く
噛まれるまで、私の記憶は飛んでしまう。強烈な痛みに我に
違いない……、と、そんなことを考えながら、私は果てた。
の姿勢で
りょうひざ
を立て、
ひじ
肘をじょうずに使って徐々にあとずさってい
つけ
あらわ
露な胸元を
隠そうともしないで後じさる彼女の
もも
腿のつけ根にさっと日が差し、
…… 、そこには形のいい乳房。もう一度視線を下げ
……、そこ、陰毛に覆われた恥丘の奥には完全に分化発育した
こうがん
睾丸がついていた。
陰部
ちつ
膣はもって
なぜかこの症候群の人間は美人ぞろいなのである。
としていた。そんな私の脳裏に、突然、言葉が飛び込んできた。
……殺してやるわ!
間もなく、私の肉体はそれを事実として受け止めたのだ。先に
殺ら
め、彼女はするすると体の力を抜いていったのだ。
彼女
からだ
身体を
実を夢と呼ぶ声が聞こえる。
のぞ
上から
のぞ
上る
た。山村貞子は、井戸の壁面に
からだ
身体
も、井戸の底にうずくまる女の姿は見えない。しかし、不安は
ぬぐ
拭い
おお
被い
こぶし
拳大の石を五、六個投げ入れたところ
肉体の消滅を望み、一方では肉体が傷つくのを惜しんでいたのだ」
南箱根パシフィックランドの配置図である。
「その井戸は、この図のどこに位置するんだ?」
た。
「このあたりだと思う」
長尾はおおよその場所を指差した。
がって言った。「さあ、いくぞ!」
しかし、竜司は落ち着いていた。
いことがある。なあ、あんた、そのナントカって症候群……
こうがん
睾丸性女性化症候群」
「の女は、子供を産むことができるのか?」
長尾は首を横にふった。
「いや、できない」
う既に
てんねんとう
天然痘にかかっていたんだな」
長尾はうなずいた。
ことになるんじゃねえか?」
死の間際、山村貞子の
からだ
身体
宿
の視線を避けるだけで、はっきりとした返事は返さなかった。
「おい、なにしてる! 早く行くぞ」
浅川は玄関口に立って、竜司を
急かした。
「けっ、いい思いしやがってよ」
竜司は人差指でピンと長尾の鼻頭を
はじ
弾くと浅川の後を追った。
12
じょうとう
手段のように感じられた。しかも、展開のしかたにテンポがあ
泉街射し
まぶ
あふ
溢れまる
う世界を形成していることに、浅川はまだ気付かない。
西
に並んだ
きゃたつ
立や芝刈り機から、必要なものは全部この店で
そろ
揃う
うと確信できる。
「買う物はおまえに任せるよ」
前で立ち止まってカード入れからテレホンカードを一枚抜き出す。
「おい、
のんき
呑気に電話かけてる場合じゃねえだろ」
ぶつ
つぶや
呟きながら
次々と手を伸ばした。
器を取ったのは義父であった。
「あ、浅川ですけれど、静と陽子を呼んでもらえますか」
あいさつ
挨拶
持ちなど
そんたく
忖度し
易に見いだせなくなってしまう。
「はい、もしもし」
「静、おまえか」
妻の声が懐かしかった。
「あなた、今どこにいるの」
「熱海だ。そっちのほうはどう?」
あちゃんになついちゃって」
「そこにいるかい?」
に母の
ひざ
膝を上る音。
「陽子ちゃん、パパよぉ」
静は、陽子の耳に受話器を押しつけた。
「パッパ、パッパ……
やほっぺたが受話器に触れる音のほうが大きく
みみもと
耳許でその
せいか
かえ
却って、娘の存在を身近に感じることができる。こんなこと
く。
「陽子、待ってろな。パパ、もうすぐブーブで迎えに行くからな」
「え、そうなの、いつ来てくれるの?」
いつの間にか静に代わっていた。
んなで日光にでもドライブして帰ろう」
「わ、本当?……陽子ちゃん、よかったわねえ、パパが今度の日曜
日、ドライブに連れていってくれるって」
のだ。
「事件のほう、もうかたづきそうなの?」
「そろそろね」
……
落したら全部話してあげるよ。妻は忠実に約束を守っていた。
「おい、いつまで話してやがる」
購入した道具を放り込むところであった。
「また電話するよ。今晩はもうできないかもしれない」
……
あや
うや
あや
妖しげなムードは日
み、下界に点在する温室の屋根は銀色に輝いていた。
姿
う。B4号棟は今日も空いていた。竜司に手続きをまかせ、浅川
は荷物を運び込んで身軽な服装に着替えた。
け込んだ時、もう少しで失禁しそうになったことまで……、そし
書きがあった。
稿
しばあった。
「しっかりと腹ごしらえしておけ」
欲があまりないらしく、時々
はし
箸を止めて室内の様子をじっとうかが
ったりしていたが、ふと思いついたように竜司に聞いた。
うとしてるんだい?」
「決まってる。山村貞子を捜し出すんだよ」
「捜し出してどうする?」
「差木地に運んで供養してもらう」
「つまり、オマジナイとは……、山村貞子が望んでいることは、そ
れだと言うんだな」
そしゃく
嚼しながら、焦点の定まらぬ目でじっと一点を見つめた。自分で
こわ
かないのだ。
「オレたちに今できることは、これ以外にない」
竜司はそう言って、空になった弁当箱を投げ出した。
自分を殺した人間への恨みを晴らし
てもらいたい……
「長尾城太郎か……
やつ
も言うのかい?」
いるのではないかと……
もうとっくに死んでいるよ」
確かにそれだけの力を彼女は持っている。
「じゃあ、なぜ、山村貞子はむざむざ長尾に殺された?」
ざせつ
折がひしめいていたもんな。劇団からプイといなくなっちまった
い、そこで父の死が近いことを知ってしまったしよぉ」
「現世を悲観する人間は、殺した人間に対して恨みを抱かない……
ってわけか」
にさせた……、ってことも考えられるだろ。つまり、長尾の手を借
りた自殺かもしれねえってことさ」
優への夢とその挫折、生まれながらの肉体的ハンデ……、数えあげ
つじつま
褄が合わなくなることがあった。吉野が送ってきたレポートに登
場する劇団
ひしょう
翔の創立者の重森は、酒に酔った勢いで山村貞子のア
使
簡単に殺してしまう力。なら、どうして長尾は生きていられる?
けそうにない。
ぬ前
ごうかん
強姦さ
ければならなかったのだ っと、処女のまま死ぬのが心残だっ
たなんてバカなことは言うなよ」
浅川は
くぎ
た。まさにそう言おうと思っていたからだ。
「バカなことかな?」
「え?」
な」
できないが、言うことも顔つきも竜司らしくなかった。
に山村貞子の場合はな」
尾の肩に
噛みるも
り、知らず長尾城太郎に働きかけてしまった……
ろさ」
ないか」
浅川は今ひとつ納得できない。
怒りの
ほこさき
鉾先いる
ほう
屁みた
いなもんさ」
したら、果たして、オマジナイの内容は……、どうなる?
撃、無差別攻撃、竜司のダミ声が浅川の思考を遮った。
刻も
なぞ
謎に答えられるのは
貞子だけだ」
て投げ捨てた。
とした。竜司は浅川の手に鎌を握らせ、B
あご
調
らしい。浅川は腰をおろし、
ひざ
膝をつき、大地と水平に鎌で弧を描い
て草を倒していった。
いところ、それはどこだ 川は、遥か下に並ぶ温室の屋根目を
4号棟の隣のA4号棟あたりが一番建てやすい。横から見ると、
そこだけが
へいたん
平坦になっているのがわかる。浅川はA4号棟とB
号棟の間に四つん
這いになって、草を刈り、大地の感触を手で確か
めた。
とう
る? きっと、石が丸く積み上げられているんだ。崩されて、地中に
……、ああ、だめだ、そうなっていたら間に合わ
を五百CC近く飲んだにもかかわらず、もう
のど
喉が
やることがいっぱいあるはずだろ。
ドをふと思い出したからだ。
「おい、なにしてるんだ?」
竜司の声に、浅川ははっとして顔を上げた。
おま
……。もっと、調べる範囲を広げたらどうなんだい?」
が、足元にぽたぽたと落ちていた。ここで何をしていたのか……
だ。
「落とし穴でも掘るつもりか?」
を見ようとした。
「時計ばかり見るんじゃねえ! この、バカたれが」
にら
睨み
が、
溜め息をついてしゃがみ、穏やかな声で
ささや
囁いた。
「おまえ、少し、休んでいろや」
「そんな暇はない」
「気を落ち着けろってことさ。焦るとロクなことがねえ」
た。
「ほら、そうやって、寝転がっていろ、赤ん坊みたいによ」
浅川は起き上がろうともがいた。
「動くな! 寝てろ! 無駄に体力を使うな」
た。浅川は目を閉じ、抵抗を
あきら
からだ
身体か
してB4号棟のバルコニーの陰に回っていくのが見えた。足取り
スピレーションが
湧いて、焦る気持ちは薄くなった。
に服従しよう。それが一番だ。自分を消し去り
きょうじん
精神力を
った人間の配下に下るのだ。自分をなくしてしまえ そうすれば、
んだ! その願いが通じたか、浅川は急激な魔に襲われて意識
幻想と共に、さっきふと
よみがえ
った小学校の頃のエピソードをもう一度
思い出した。
がけ
いく。そのうち、友達も仲間に加わった。三人だったか……
が多くなり過ぎる。
ひざ
膝を抱え、友人とクスクス笑い合った。赤土の横穴で丸くなって
いると、社会の時間に習ったばかりの
みつかび
三ケ日原人の気分であった。
ところが、しばらくすると、穴の入口をおばさんの顔が
ふさ
塞い
た。
「こんなところに穴なんか掘って……、生き埋めになったら、キモ
チ悪いじゃない」
おばさんは、穴の中を
のぞ
覗き
た。
そのおばさんの顔に、ふわっと竜司の顔が重なった。
ネとはたいしたもんだ。この野郎、なにニヤニヤ笑ってやがる」
竜司に起こされた。日は西の地平に傾き、
よいやみ
闇がすぐそこに迫り
西
ももっと黒く染まっていた。
「ちょっと来てみろよ」
浅川の体を引き起こすと、竜司は黙ってB
の下にもぐり込んだ。浅川も続く。バルコニーの下の、B
支え
すきま
隙間に
のぞ
覗く
西
ふた
蓋で
がっていたのだ。
えた。ふたりは壁穴をくぐり、井戸の縁まで
這い
もま
息苦しい
降りなくてはならないかもしれないのだ。……かもしれない、では
に入っていかなければならない。
「おい、手を貸してくれ」
竜司が言った。竜司は、コンクリート製の
ふた
蓋の
からだ
身体を
所の時代か……、コンクリートと石の密着の具合から、あるいは、
かけた。竜司は、できた
すきま
隙間
してみる。
「いいか、オレが合図したら、スコップの柄に体重をかけろ」
浅川は身体の向きを変えた。
「いいか、一、二の三!」
いった。
湿
湿
ばかりの
すきま
間から頭と肩先を差し入れた。すえた匂いが冷気とから
。希
こうがん
睾丸……、いや女と
別は
せいせん
性腺の
……男性性器と女性性器を兼ね備えた人間、それは完璧な力と
こかん
い女
こかん
股間
器がのぞいていた……
「なにか見えるか?」
だ。ただし、水の深さはわからない。
「底に水がたまっているぞ」
けた。
に落ちないようにな」
……竜司はこの穴の中に降りるつもりなんだ。そう思ったとた
ん、浅川の足は震えた。もしこの中に降りることになったら……
分にはとうていできないことだ。あの黒い水に
からだ
身体ををす
る? 遺骨を拾い出すん……、できるわけがないそんなこと、気
神に祈るのを忘れなかった。
きり
こけ
苔に
おお
断末上げ
ゆが
かも、
いったん
旦そう見えてしまうとイメージはなかなか崩れない。
ようき
妖気
と音をたてて石は悪霊たちの
のど
喉の奥に飲み込まれていった。
みつけて徐々に下へと降りていく。
司は
ひざ
膝から下が水の中に沈んでいる。
そんなに深くはなかったのだ。
「おい、浅川! バケツを持ってこい。細めのロープもな」
る。それと、このなんとも言えぬ解放感! 豊富な澄んだ空気! ロッ
グキャビンを見回すと、道路に沿ったA1号棟だけから明かりが
漏れている。浅川は時計を見ないようにした。A1号棟から漏れ
だんらん
団欒
ていた。もやもやとした
ゆうげ
夕餉
つく。
いたが、何も発見できなかったらしい。
「バケツを引き上げろ!」
竜司が
鳴った。浅川は井戸の縁を腹に当てた姿勢でバケツを引
た。
ふさ
ても掘っても山村貞子は美しい肢体を現さない。
「おい、浅川!」
竜司は作業を止めて見上げた。浅川は返事を返さない。
「浅川! おまえ、どうかしたのか?」
……どうもしないよ、オレは平気だよ。
浅川はそう答えたつもりだった。
どうだ。気が滅入る」
…………
「掛け声がいやなら歌でも歌え。美空ひばりの歌かなんか」
…………
そこにいるのか? ぶっ倒れてんじゃねえだろう
な」
……だ、だいじょうぶ」
どうにか、かすれ声を出すことができた。
「けっ、世話の焼ける野郎だ」
てた。
びて、怒りとともに浅川の腕力の限界を実感した。
「バカヤロウ! オレを殺す気か!」
竜司はロープをつたって上った。
「交替だ」
……交替!
浅川はびっくりして
からだ
体を起こし、その拍子に頭を強く床板に打
ちつけてしまった。
「待て、竜司、だいじょうぶ、まだ、オレだって、力が残ってる」
た。
「力なんてどこにも残ってやしねえよ。さ、交替だ」
「ちょ、ちょっと、待ってくれよ。少し休めば、回復する」
「おまえの筋力が回復するのを待っていたら夜が明けるぜ」
使
のだ。
「さあ、さっさと下に降りろ!」
竜司は、浅川の身体を井戸の縁に押し込んだ。
「ちょっと、待て。なあ、マズイんだ……
「なにが?」
「オレ、閉所恐怖症なんだ」
「バカもやすみやすみ言え」
れている。
「無理だ、オレにはできないよ」
った。
「どうだ、少しは目が覚めたか。オレにはできないだと? カ言
のに
やつ
奴は人間のクズだ。おまえが抱えているのは自
分の命だけじゃねえんだぞ、さっきの電話を忘れたか? え、かわい
いベイビーちゃんが暗いところに連れていかれてもいいのかい?」
い。確かにふたりの命は自分の手にある。しかし、どうも
からだ
身体
うことをきかない。
「なあ、本当に、こんなことをして意味があるのか?」
く。竜司は胸倉を
つか
掴む手の力を抜いた。
おんねん
怨念が
ひようい
依してしまうことが多いってわけさ。ほら、この井戸を見ろ
がなんと言っていたか思い出せ」
……その後からだの具合はどうじゃ。水遊びばかりしているとぼ
うこんがくるぞ。
く地下水との戯れ。
った。彼女の場合、三つの条件はそろっていたんだよ」
……だから?」
「だから……、三浦博士が言うにはよ、
のろ
呪いをとく方法なんて簡単
い。広く明るい世界に引きずり出してやるんだ」
這い
いというのか? 彼女はそんなことを望んでいるのか?
「それが、オマジナイの中身だっていうのかい?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「あやふやだな」
竜司はもう一度浅川の胸倉を引いた。
活動を停止することはできねえ。可能性の問題よ。オマジナ
……、山村貞子の望むものはもっと他にあるのかもしれない。し
れた
のろ
呪いそのものが消失する可能性だって高い」
浅川は顔を
ゆが
歪め、声を出さずに叫んだ。
……ざされた空間と水と死に至るまでの時間だと この三つの
条件が
そろ
揃った場合もっとも強
おんねん
怨念が残ってしまうだと
っていうインチキ学者のそんな
ざれごと
戯言
にある?
「さあ、わかったら、おまえ、下に降りろ」
……わかってねえ、オレにはそんなことわからねえよ!
そこだぞ」
竜司の声が次第に優しくなっていった。
「戦わずに人生を乗り切れると思うなよ」
……バカヤロ! てめえの人生観なんて聞きたくもねえ。
浅川はそれでも井戸の縁から身を乗り出していった。
「そうだ、やっとその気になったかい」
顔がすぐ目の前にある。
は、その貧弱な想像力だよ」
まぶ
けて
まぶ
眩しい。背
で手が熱い。
足を伸ばし、風呂の湯かげんを調べるつもりで
くるぶし
まで水に沈めた。
とりはだ
鳥肌
ている腕力さえ残ってはいない。じりじりと
からだ
体の重みで下がり、
圧迫してくる。逃げ道はないぞと、口を
ゆが
歪めて笑いながら。
……りゅうじー!
のど
奥か
おぼ
溺れかけた子供のように顔
を上げた。ふとももの内側が生暖かく
濡れていく感触があった。
「浅川! 呼吸するんだ」
だ。
「オレがここにいるから、安心しろ」
込むことができた。
おお
4号棟ですっぽりと
おお
被われているのがい
山村貞子はこんなところに二十五年間も住み続けて……、そうだ、
の幕を閉じ、死の瞬間に
ひらめ
閃い
ともなく
からだ
体を包み込む。山村貞子、山村貞子、その名前が脳裏に
土を
からだ
身体
を維持するよう努めた。……オレの漏らした小便にまみれた美しい
と緊張が焦燥感を
痺させ、タイムリミットを忘れさせていた。酒
バケツが往復した回数、耳を澄ませると聞こえる心臓の鼓動……
そんなものでしか時間をはかることができない。
両手
つか
掴んりの
から
くぼ
がんか
くぼんだ
がんか
眼窩に
きな
ひとみ
瞳が
よみがえ
り、真ん中のふたつの穴の上に肉が盛り上がって形の整
濡れ
。浅
ゆが
の瞬間ピントを調整するようにすっと目を細めた。
……会いたかった。
から竜司の声が届く。
……浅川! おまえのデッドラインは十時四分じゃなかったっけ
な。喜べ、今、もう十時十分だ。
……おい、浅川、聞いてんのか? 生きてるんだろ、おまえ。
のろ
いは解けた。オレたちは助かったんだ。おい、浅川 そんな所で死
よ。どうせ死ぬならおとなしく成仏しろ。おい、浅川! 生きてるん
なら、返事をしろや。
司の
湧かなかった。浅川
胸に抱いてうずくまっていた。
第四章
十月十九日 金曜日
きか
とつさ
嗟に思いつかなかった。ここがどこなのかすらわからないの
だ。
……延泊されますか」
管理人は
いらだ
立ちを押さえて聞いた。すぐ横で竜司のうめき声がす
の前と後で切断されていた。
「もしもし……
わからず、浅川の胸に喜びが
湧いていく。竜司は寝返りをうって、
薄く目を開いた。口からよだれを流している。記憶は
もうろう
朦朧として、
な気分であった。しかし、不思議と晴れ晴れとしている。
……もしもし、聞こえますか?」
「あ、はい」
浅川はどうにか返事を返して、受話器を持ちかえた。
「チェックアウトは十一時です」
「わかりました。すぐに支度して、出ます」
置いた。
ゆすった。
「おい、竜司。起きろ」
あった。
そろそろここを出ないと、宿泊費余分に取られち
まうぞ」
思い出していくようなものだ。……山村貞子の名を呼んでいた。床
と小さく縮こまっている山村貞子。チョロチョロと流れる水の
……。昨夜、泥まみれの山村貞子を流しの水できれいに洗ったの
る。
うれ
除けた今
生命はより凝縮され、キラキラと輝き始めた。山村貞子の
ずがいこつ
頭蓋骨
が、大理石の置き物のように美しい。
「おい、竜司! 起きろ」
はパニックに陥り夢中で暴れた。
「へへへ、バカめ! オレが死んだと思ったのか」
はないのだ。今この瞬間、山村貞子が
よみがえ
ってあのテーブルの横に立
あったからだ。
「つまらない冗談をやめろよ」
あ」
竜司は寝転がったままヘラヘラ笑った。
「オレが、どうかしたのか?」
じまったんじゃねえかって、……心配したぜ。時間切れ、アウトっ
てわけでよぉ」
…………
浅川は目をパチパチさせた。
「へ、覚えてねえんだろ。ったく、世話の焼ける野郎だぜ」
這い出した記憶がな
い。
ープ
吊りたこ
姿
宿
が、浅川を釣り上げた竜司には筋肉の痛みが残っただけであった。
「竜司」
浅川は妙に改まった声を出していた。
「なんだ?」
「いろいろ世話になったなあ」
「よせ、気持ちワルイこと言うな」
「おまえの助けがなかったら、オレは今頃……。感謝してる」
にもならねえ」
「昼メシでも食べに行こうか? オレがおごるよ」
「ま、おごりは当然だな」
であった。
いてきたがそれに対して浅川は、「……たぶん」としか答えられな
と、テーブルに戻るとすぐ浅川は竜司に聞いた。
「なあ、本当にこれで終わりなんだよな」
いた。
「ベイビーは喜んでいたか?」
竜司は、すぐには質問に答えなかった。
すっきりさわやかって気分じゃ
ないだろう」
「気になるのか?」
「おまえは?」
「まあな」
「どこだ? 気になるところは」
年子供を産む。あのばーさんの予言だよ」
ん、浅川はいつの間にか疑念を打ち消すほうに回った。
たら……?」
竜司はぴしゃりと言ってのけた。
ぬ、というのは山村貞子以外には考えられない」
「ばーさんの予言が嘘の可能性だってある」
「山村貞子の予知能力は百発百中のはずだが……
「山村貞子は子供を産めない体だぜ」
女だったしよぉ。……それに」
「それに?」
……、日本最後の
てんねんとう
天然痘患
な符合」
姿
んだと言い聞かせるしかない。
たんだ。もう終わったのさ、この事件は……
……。しかし、どうも引っ掛かるのは、山村志
である。しかし、結果からみればの話であり、今回の場合は、
のろ
呪い
川は無理にそう考えようとした。
た。
「ま、そのことに関しては問題ないだろう」
もよぉ……
「え?」
体を起こしながら、竜司は自分自身に問いかけた。
「山村貞子は、一体、なにを産んだのだ?」
おとさた
音沙汰の
いとこ
妹の娘の遺骨を今頃になって持っ
便
上、飛行機を使うとかえって面倒くさくなる。
「骨を届けるくらいおまえひとりでもできるよな」
山村貞子の遺骨はこの時ビニール袋ではなく、黒い
ふろしき
風呂敷に包まれ
を信じればいいのだろうか……、浅川は少々不安になった。
「じゃあな、あばよ。また東京で会おうぜ」
竜司は手を振って熱海駅の改札を抜けた。
「仕事がなければ、付き合ってやってもいいだがよ」
た。
「ありがとう、改めて礼を言うよ」
「よせよ、オレもけっこう楽しんだしよぉ」
姿
姿
た瞬間に、竜司の
たくま
逞しい体の輪郭が浅川の目に二重にぼやけて映っ
胸をついた。正体不明の、鼻をくすぐる
かんきつ
柑橘
……
る黒い
ふろしき
敷包みを見てすぐ、その中身が何であるのかピンとき
ろ、わざわざどうもご苦労様です」と言いながら……
た。山村敬は浅川の疑問を読み取り、確信に満ちた声で言った。
「貞子に間違いございません」
たに違いない。
退
今は、血縁の者に話す心境ではなかった。
これまでの経過を文章に直すためである。
ため
つば
唾でにじんでいる。よほど疲れて
彼は論文の作成にまだワープロを導入していなかった。
がくっと肩が揺れ、机に接していた顔が不自然な格好に
ゆが
歪ん
いほど、両目を大きく見開いている。もともと
まぶた
一重瞼の
た。午後九時四十分。この時間が何を意味するのか、
とっさ
咄嗟に思いつ
かない。部屋の蛍光灯とすぐ前のスタンドが
とも
灯っ
的な……
たと
喩えようのない暗黒に支配されていた
のだ。
働く余地はなく、イメージばかりが先走った。
「ヤベエ、やって来やがった……
うに揺れだしたのだ。現実感が遠のいていく……
象を持った。そして、現実が離れた分、竜司の体の回りに
すきま
隙間
はだ
湿
分。見るたびに、
つば
唾を何度も飲み込んだ。
……一週間前、オレが浅川の家でビデオを見たのは何時だっけ?
たから……、その後プレイボタンを押したとして……見終わったの
……
つあった。ただ、わからないのは……
……なぜオレのところにだけやってくるんだ? という疑問。
……オレのところにだけ来て、なぜ、浅川のところには来なかっ
たんだ? おい、不公平じゃねえか。
とめどもなく
あふ
溢れる疑問。
……一体どういうことだ? オレたちはオマジナイの謎を解いた
わけではないのか? だとすればなぜ? なぜ? なぜ?
臓を
つか
腰から背中にかけての激しい痛みに襲われていて床に倒れ込んだ。
……今から何をすべきか考えろ!
て! 立ち上がって考えろ! 竜司は畳の上を
這って、ビデオデッキに
き出す。なぜ、こんな行動を取るのか……、ただ、今、他にできる
調
調
……まさか、という思いでその
ひらめ
閃き
いったん
一旦脳
がら
なぞ
謎、老婆の予言、そして、ビデオ
テープの映像に込められたもうひとつの力……。なぜ、ビラ・ロッ
……、なぜ、浅川の命は助かったのにオレは今
死の危機に
ひん
瀕しているのか……。そして、山村貞子は何を産み出し
たのか……。ヒントはこんな身近なところにあった。山村貞子の持
からだ
身体
……、たくさんの子供を……
司は考えた……、このことがこの先どんな結果をもたらすかと。竜
司は痛みをこらえて笑った。皮肉な笑いであった。
……冗談じゃねえ、人類の最期を見届けたいオレが、なぜ、こん
なところで……、先陣をきって……
直前で、彼は今大島にいることを思い出した。
……あの野郎、びっくりするだろうな、オレが死んじまったらよ
ぉ。
胸への強い圧迫が、
ろつこつ
肋骨をきしませる。
かない。ただ、一方では声がする。
……
あきら
諦めろ、彼女を巻き込むのはよくねえ。
声。
っていた。
ほお
頬は黄ばみ、干乾びてゴワゴワとひび割れ、次々と抜け
すきま
隙間……
いと
愛し
姿
となり果てた自分と出合うのがこんなに恐いものとは……
「もしもし……」と言った。しかし、それに答えたのは、「うぉぉ
せんりつ
慄が駆け抜け
しんとした静寂……
……
いと
愛しい女の声を聞きたいという願
た。意識は虚無に包まれていく……。すぐ手許の受話器からは、ま
し」と
ささや
囁き続ける受話器に伸び、頭をうしろに折ってかっと見開い
りてえもんだ、と強く念じるのを忘れなかった。
いことが起こったらしいことを知った。
十月二十日 土曜日
だ。
日曜日の日光にドライブという約束が果たせなくなる。
稿
稿
調
稿
稿
て、彼の事件は完了するのだ。
時々、キィボードを
たた
の美
うかが
窺っているような気がして、浅川
村貞子に見つめられていると、仕事がはかどらなかった。
ていった。
……あいつ、どうしてるのだろう、今頃。
かし、聞こえてきたのは女性の声であった。
……はい、もしもし」
消え入りそうな、か細い声。浅川はその声に聞き覚えがあった。
「もしもし、浅川ですが」
「はい」という小さな返事。
した」
受話器を持ち続ける。
「あの、竜司君……、そちらにおりますか?」
なぜ早く竜司に代わらないのだろうと、浅川はいぶかしんだ。
「あの、龍……
「先生、亡くなられました」
……はあ?」
一体、どれくらいの間絶句していただろう。
ほう
呆けたように「は
つ?」という問いを投げかけていたのだった。
「昨夜の十時頃……
金曜日の九時四十九分だったから、まさに予告通りの時刻である。
「それで、死因は?」
聞くまでもないことだ。
「急性心不全……、はっきりとした死因はまだわからないそうで
す」
ではない、第二ラウンドに突入したのだ。
「舞さん、まだそちらにおられますか?」
「はい、先生の遺稿の整理がありますので」
「僕、今からすぐうかがいます、帰らないでお待ちください」
にはいかない。早く行動を起こさねば……、早く早く……
いたのが幸いした。
これは一体どういうことなんだ?
シーンがフラッシュバックのごとく
よみがえ
り、ひとつにまとまるどころ
を結ぶ糸が絡み合ってパンクしそうだ。落ち着け! 落ち着いて考え
ろ! 浅川は自分に言い聞かせた。そしてようやく、ポイントをどこ
に絞るべきかが明らかになってきた。
……まず、オレたちはオマジナイ、すなわち死の運命から逃れる
いのだ。彼女の望みはまったく別のところにある。なんだ? ……
いられる?
彼は妻と子を失うことになる。
貞子
のろ
呪い点で
とら
あざわら
笑うかのような、底知れぬ
悪意の予感がする。
ひざ
膝に乗せてい
かった。
「昨夜のこと、詳しく聞かせてください」
友の死……、特に戦友ともいえる竜司の死は悲しいが、今は感傷
に浸っている余裕はない。浅川は舞の横に座って頭を下げた。
「夜の九時半過ぎでしたか、先生から電話がかかってきまし
……
ドにもたれかかって、両足を広げ……。舞は、竜司の死体があった
った。
「いくらわたしが呼んでも、先生、返事してくれなくて……
浅川は舞に泣く暇を与えなかった。
「その時、部屋の様子で何か変わったところは?」
舞は首を横に振った。
「いいえ、……ただ、受話器がフックからはずれて耳障りな音を出
していました」
竜司は死の瞬間、舞のところに電話をかけていた……。なんのた
めに? 浅川はもう一度念を押した。
「本当に竜司君はあなたに何も言い残してないんですね? たとえ
ば、ビデオテープのこととか……
「ビデオ?」
明かしたかどうか、浅川には知りようがなかった。
……果たして、竜司はなぜ高野舞に電話をかけたのだろうか。あ
いないのだが……。ただ単に、死ぬ前に愛する者の声を聞きたかっ
るには第三者の力が必要となる。
立ち去ろうとする浅川を、舞は玄関まで見送った。
「舞さんは、まだ今晩、ここに?」
「ええ、原稿の整理がありますから」
「そうですか、忙しいところお邪魔してすみませんでした」
浅川は行きかけた。
「あの、ちょっと……
「え」
「浅川さん、私と先生のこと、誤解してるんじゃありません?」
「え、誤解って?」
「つまり、その、男と女の関係だと……
……いや、べつに、そんな」
その意味合いが込められていて、舞は気にかかっていた。
思います。だから……
舞はそこで言葉を止め、先を言い
よど
淀んだ。
……だから、先生の親友であるあなたには、先生のこと、もっと
よく理解してもらいたいな。先生……、私の知る限りでは、その、
女の人を知らないまま……
舞はそこまで言って目を伏せた。
……童貞のまま、死んだというのか?
人間に思われてくる。どこかで話がズレてしまったような……
……え、でも……
かったし、舞の胸に眠る竜司のイメージを崩したくはなかった。
が、竜司が童貞というのなら、その説のほうがより
しんぴょう
性がある
に乱暴をはたらいたというのは、単なる作り話に過ぎない……
悩みを持ってらしたか、私はほとんど知っているつもり」
「そうでしたか」
それ以外、浅川には返す言葉がなかった。
ない? ねえ、そうしなければ、そうしなければ……
を出して目に当てた。
とができなかったのよ……、ねえ、わかる? そういうのって……
わらず、ひとりとして友人を持たなかった孤独な人格。
……、チャラチャラした男子学生なんて、比較に
もならない」
あふ
溢れ
いった。
は本当に近所に住む女子大生に乱暴を働いたのかどうか……
ラインを明日に控え、余計なことに頭を悩ませたくはなかった。
そして、ただ一言、浅川は言った。
「竜司は、僕にとっても最高の親友でした」
姿
を流した。
十月二十一日 日曜日
いた。
……竜司は締め切りの直前になって、オマジナイの謎を解き、高
いうちに、オレはオマジナイを実行していたのだ! それ以外にどん
んなんだ?
そこまで考えると、浅川は叫び出した。
そんなこと。この一週間、オレは
やったけれども竜司はやらなかったこと……
る。冗談じゃねえ」
浅川は、山村貞子の写真を
こぶし
拳で打った。
「コノヤロー。おまえ、どこまでオレを苦しめれば気がすむ」
表情も変えず、あくまで美しさを保っている。
浅川はキッチンに行き、ウィスキーをグラスになみなみと
成できたのは竜司がそばにいたからだ。
「竜司! りゅうーじー。なあ、頼むよ、助けてくれよ」
……妻と娘を奪われた生活、耐えられない、そんなものには耐え
られない!
んだ? オレが最初に山村貞子の遺骨を発見したからか? もし、そう
なら、妻と娘は助からない。そんなはずないよな、な、竜司!」
つつ冷静さを欠き、しばらく竜司に向かって
わめ
喚く
……、山村貞子は本当に子供を産んだのか?
死ぬ直前に性交した長尾城太郎は日本最後の
てんねんとう
天然痘
そのことと何か関係あるのかどうか? どんな疑問のラストにもクエ
されないのだ。
まぶ
凝らした。
……竜司、そこにいるのかい?」
はな
ひだ
襞に直接焼き付けられるように、
本の題名が浮かんだ。
「人類と疫病」
を閉
まぶた
瞼の裏に、白くはっきりと題名は浮かび、その
調
が本棚のどこに仕舞われているのかよく覚えていた。
きんと痛んだ。
……夢だったのだろうか。
を教えるため、ほんの一瞬舞い戻ったのだ。
載っているのか。浅川は再び、直感が
ひらめ
閃いた。百九十一ページ
グと拡大されて飛び込んできた。
増殖 増殖 増殖 増殖
生命の機構を横取りして、自分自身を増やす』
「おおおおおお!」
くつき当ったのだ。
……オレがこの一週間のうちにやったこと、そして竜司がやらな
人に見せること……、まだ見てない人間に見せて増殖に手を貸して
ら、わざわざ取りに戻ってオマジナイを実行しようとした
やつ
奴は
い。
げて足利の番号を回した。電話口に出たのは静だった。
「いいかい、今から言うことをよく聞くんだ。
義父さん、
義母
かい、わかったね、とっても重要なことだ」
……ああ、自分は悪魔に魂を売ろうとしているのか、妻と娘を助
を回避できるのだ。でも、その先は……、その先は?
「どういうことなのか、さっぱりわからないわ」
う。ああ、そうだ。そこにビデオデッキあるかい?」
「あるわよ」
「べータかVHSか」
「VHSよ」
な」
て、例のビデオじゃない?」
浅川は返事に窮し、黙り込んだ。
「そうなの?」
……そうだ」
「危険はないの?」
……危険はないの? だと、おまえとおまえの娘はあと五時間で
だよ。浅川は
怒鳴りつけたい気持ちをどうにか押さえた。
「とにかく、おれの言う通りにするんだ!」
を得ない。
浅川は部屋を出ようとして、もう一度山村貞子の写真を見た。
……あんた、とんでもないものを産み落としてくれたなあ。
じゅず
数珠
調
込まれるほうがずっと恐かった。
沿
かたで、人々は歩いている。平和な日曜日の朝……
浅川は考えてしまう。このことがどういう結果を生むのか……
くって渡し、ある特定のグループ内で受け渡しを繰り返せば、
まんえん
蔓延
らく一週間という猶予期間は
でんぱ
伝播
せられた人間は一週間を待たずしてダビングし、他人に見せ……
ないのだ。犠牲者が何人出るのかも……。二年前、空前のオカルト
……
人類
えいち
叡知に
縁に
てんねんとう
天然痘
世に現れた。
や人類の進化にどう係わってくるのか……
……オレは、家族を守るために、人類を滅ぼすかもしれない疫病
を世界に解き放とうとしている。
ささや
囁き声もあるにはある。
……妻と娘を防波堤にすれば、それですむことじゃないか。宿主
を失えばウィルスは滅ぶ。人類を救うことができるんだぞ。
しかし、その声はあまりに小さい。
てでも守らねばならないものがある」
ことが心強い。竜司ならこう言うだろう。
……今、この瞬間の自分の気持ちに忠実になれ! オレたちの前に
姿
現れやがる。
す、蛇に似た動きであった。
󸘳
󸘴
5
4
24